ロングツーリングだって苦ではない、安心・安定のドライブフィール
今回の「旧車ソムリエ」取材にあたって、クラシック・フィアットについては国内最上級のオーソリティである「チンクエチェント博物館」(愛知県名古屋市)からご提供いただいたのは、フィアット・ジャンニーニ 128NPとしてはかなり初期のモデルである1972年式。イタリア国内のクラシック・フィアット専業カロッツェリアでレストアされたばかりだそうで、その事実を裏づけるように、新車時代を想像させる素晴らしいコンディションを誇る1台である。
128全体の美点なのか、それともこの個体のレストアが優れているのかは定かでないが、まずは「ボディ剛性」という概念が一般的となる以前に作られたものとしてはかなり秀逸なボディのシッカリ感に感心しつつ、同じく1960年代のフィアットには望めなかった、たっぷりとしたクッションの頑丈なシートに腰を降ろした。
そして、猛暑の夏ということもあってチョークレバーを引くこともなくキーをひねると、直列4気筒SOHCエンジンにはすぐ火が入り、そのまま安定したアイドリングに移行する。
ジャンニーニに関する資料はきわめて少ないので、この個体についても不明な部分が多いのだが、同社の手がけた128用の4気筒エンジンは、フィアット本家版から排気量はそのままながら、キャブレターの大径化やチューニングヘッドで、スタンダードの55psから66psに増強されているとのこと。つまり排気量が不変ということは、ボア80.0mm×ストローク55.5mmという超ショートストロークであることも変わらない。
でも、そのオーバースクウェアな数値のわりには低・中速トルクに不足はなく、800kgを少し超えるだけという軽い車重のおかげもあって、交通量の多い市街地であっても、流れの速い田舎の街道にあっても、じつに心地よい加速感を披露してくれる。
また、スロットルを深く踏み込んでも必要以上に咆哮を荒げるようなことはなく、この時代の4気筒エンジンらしい「ブォーン」という長閑で健康的なサウンドをスムーズに放出。キャブレター付きエンジンらしい素直なレスポンスもあわせて、かつてはエンジンスペシャリストとして名を馳せたジャンニーニの実力を体感させる。
ワインディングもきれいに駆け抜ける「スポーツサルーン」
そしてこの「穏やかな高性能」は、シャシーについても変わることはなかった。タイヤサイズは145/80R13という、標準型128と変わらないか細いもの。サスペンションもおそらくは締め上げられていないものと思われながらも、ロードホールディングはとても優れており、軽いロールはあっても路面をきれいにトレースしつつ、常識的な速度域であればつねに弱めのアンダーステアでコーナーを駆け抜けられる。生粋の実用車でありながらも、さすが北部をアルプス山塊に面したトリノ製の128らしいと感心してしまうのだ。
フィアット128は1985年までに350万台以上が生産されたという大ヒット作となったものの、現在の日本ではほとんど知られていない。ましてジャンニーニという、アバルトと比べてしまえばマイナーなチューニングブランドの作品ゆえに、このジャンニーニ128NPというクルマについては、依然として「謎」の部分が多くを占めているのは間違いあるまい。
しかし、今回初めて存分に走らせる機会を得たことによって、フィアット128というクルマが生来持つ資質の高さにジャンニーニによる巧みなチューニングも加算され、いっぱしの「スポーツサルーン」に仕上がっていることがよく分かった。
この安心感と安定感のある走り、あるいはラゲッジスペースを含むスペースユーティリティもあわせて、昨今日本のクラシックカー愛好家の間でも人気が高まっているタイムラリー形式の公道イベントなどにエントリーするにも、非常に好適であるかに思われる。
例えば、同時代のアルファ ロメオ「ジュリア」ベルリーナなどを入手しようと考えているエンスージアストには、もうひとつの選択肢として考えても良い1台では……、などと感じられたのである。
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