トム・クルーズの運転でカーチェイスシーンにも出演
1980年代のアメリカは、ティーンエイジャーの青春映画にとって、とくに豊穣な時代を迎えていた。そして、ジョン・ヒューズのような若手監督たちの成功のおかげで、シカゴの郊外はこれらの映画に絶好のロケーションとなっていた。
しかし、ヒューズ監督が『フェリスはある朝突然に』(1986年公開)にてフェラーリ「250GTスパイダー カリフォルニア」(ただしレプリカ……)をシカゴの街で爆走させる以前に、同じシカゴ出身のポール・ブリックマン監督は、1983年公開の名作『卒業白書』(原題:Risky Business)で、トム・クルーズという名のニューヨーク州北部出身の若くて無名の俳優を抜擢していた。
ヒューズのお気楽なコメディよりも、ムーディでエッジの効いたブリックマンの『卒業白書』では、トム・クルーズ演じる高校生ジョエルが、レベッカ・デモーネイ演じる娼婦ラナと恋に落ちる。そしていくつかの騒動のあげくに、父親の愛車であるポルシェ 928をミシガン湖に転落させてしまう。そこで、その修理費を賄うためにラナと共謀して、両親とともに不在の自宅を売春パーティの場としてひと儲けを企んだ……。
この作品では、プロットでもスクリーンでもポスターでも、ゴールドのポルシェ 928が大活躍している。この夏ボナムズ社の「The Quail」オークションに出品された928こそ、作中で若き日のトム・クルーズが走らせたクルマの1台なのだ。
もともとはホワイトのボディカラーだった
ドライビングショットには3台の928が使用され、うち2台はイリノイ州ハイランドパークのダウンタウンを疾走する迫力満点のチェイスシーンに出演。今回のオークション出品車両は、クルーズがカメラを見つめ「ポルシェに代わるものはない」という有名なキャッチフレーズを宣言したラストショットを含む、多くの主要シーンでも登場した。
劇中車両を統括するディレクターだったジム・リッチオが、映画用の車両会社からレンタルしたこの928は、もともとホワイトの5速マニュアル仕様として仕上げられていたが、この作品のためにゴールドメタリックに塗り替えられた。そして、主に走行シーンとクローズアップ・ショットで使用され、とくにクライマックスのカーチェイスシーンでは、トム・クルーズ演じる主人公の操縦で、ポン引きのグイドが乗るキャデラック「クーペ ドヴィル」を出し抜き、抜き去ることに成功している。
くわえて、クルマ全体が映るワイドショットにも使われ、ポストプロダクションや編集で走行映像の隙間を埋めるためにも使われたことから、「フィル・カー」と呼ばれるようになった。
さらにこのポルシェ 928は映画における出演だけでなく、トム・クルーズがアクションスターとして世界に名を馳せるきっかけにも大きく関わっている。撮影が開始された段階では、トム・クルーズはまだマニュアル車の運転ができなかったため、プロデューサーのジョン・アヴネットが自らこのクルマとともに、シフトワークの手ほどきを行ったといわれているのだ。