ドキュメント映画の主役にもなった1台ながら……
『卒業白書』の制作とプロモーション活動に使用されたのち、このポルシェ 928はカリフォルニアに返却された。銀幕では有名となった928だが、当時は劇中車がプレミア扱いされる風習もなかったせいか、ただの中古車としてマーケットに放出されることになった。
そして、コロラド州デンバーに住むドキュメンタリー作家のルイス・ジョンセンによって再発見されるまで、この個体は再び白でリペイントされ、カリフォルニア州内で何人かのオーナーを経ていた。
ジョンセンは『卒業白書』に出演していたこの928に以前から憧れを抱き、映画のプロデューサーであるジョン・アヴネットとポール・ブリックマンをはじめとする関係者に取材を重ねていた。今回のオークションでも添付されていたという、シリアルナンバーが記載された制作資料を入念に調べ上げ、次にこの時期における928の生息状況を探したところ、カリフォルニア州カテドラル・シティに住む、当時のオーナーにたどり着いた。
こうして2000年代半ばに、「金に糸目をつけない」価格で購入されたというこの928はコロラド州に居を移し、そののちジョンセンは自身が制作を手がけたドキュメント映画『The Quest for the RB 928(Risky Business 928)』にて、その執念の探索を記録することになる。
ジョンセンが長年の野望を果たしたあと、928は同じアメリカでも東海岸のコレクションに譲渡され、現在も保管されている領収書が示すとおり、内外装とメカニズムに大幅な改修が施された。そして2021年に現オーナーが「バレット・ジャクソン・オークション」にて入手して以来3年間にわたり、空調管理されたガレージで大切に保管されてきたとのことである。
自信たっぷりのエスティメートだが……
このアメリカ文化史に残るポルシェ 928について、ボナムズ社の公式ウェブカタログでは「アメリカ映画史の一部であり、大スクリーンを飾った最も有名なポルシェのひとつであるこの928を所有するチャンス。その代金を支払うためにあなたの家で売春パーティを開く必要があるかどうかは、あなた次第……」という、かなり挑戦的なPRフレーズが謳われるとともに、14万ドル(邦貨換算約2140万円)~18万ドル(邦貨換算約2750万円)という、近年における初期型ポルシェ 928のマーケット市況と比較すると、驚くほど高価なエスティメート(推定落札価格)が設定された。
現在における初期型928の相場価格の3倍以上にも相当する、この自信たっぷりのエスティメートには、この個体が希少なマニュアル車であるという事実もさることながら、やはり今やレジェンド級の世界的トップスターとなった「トム・クルーズが乗ったポルシェ」という史実が大きく影響していることは間違いあるまい。
ところが、モントレー市内の大型コンベンションセンターで挙行された競売では、期待されていたほどにはビッド(入札)が伸びなかったようで、残念ながら流札に終わってしまう。
とはいえ、2021年「バレット・ジャクソン」オークションにおけるハンマープライスが19万8000ドルだったことを思えば、3年後の今回に出品者側が設定したエスティメートも妥当なもの。決して無謀な高望みをしたのではなく、あくまで今回は縁がなかったということなのだろう。