バッテリーEVならではの魅力を誰もが味わえるように躾けられている
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第47回は「スカイブルーのフィアット 600eに試乗したらめっちゃ欲しくなりました」をお届けします。
1000キロ以上を共にした600e
晩秋を気持ちよく走り抜けて真冬に突入し、いずれ「うああああっ! マジかーっ⁉」な出来事に遭遇するから皆さんには喜んでいただけると思うのだけど、それは次回のお話。今回は「またかよ……」と思われるのを承知の上で、確信犯的な脱線、である。なぜなら前々回にお知らせしたフィアットにとって重要なニューモデル、600eに試乗することができたからだ。しかも街中で開催された試乗会、都内から房総半島に遠征しての高速道路とワインディングロード込みの試乗、さらには5日間にわたる僕の生活パターンに組み込んだ日常的な試乗、と盛りだくさん。ずいぶん600eと仲良くなれた気がしてる。
距離にして1000km+αを共にしての印象をひと言にするなら、「コイツと暮らしたら穏やかでニコやかな日々を過ごせそうだな」という感じだろうか。
そんなふうに思わされた理由はいろいろあるのだけど、最も大きいのは、やっぱりクルマの佇まいだ。500eにも似たちょっとヤブニラミな顔つきはヤンチャな雰囲気だけど、威圧感は綺麗さっぱりゼロ。目が合うたびに思わずニヤニヤしてしまう。肩肘を張ったところのない、角という角を滑らかに削ぎ落とすことで構成されたような丸みを帯びたフォルムは、見事なまでに穏やかなナゴミ系。あんまり機嫌がよくないときでも出掛けるために600eに近づいていくと、「まぁいっか……」みたいに気持ちがまろやかになったりする。このあたり、さすがにチンクエチェント・ファミリーのメンバーだな、なんて思う。
どこかクラシカルな趣を感じさせる
その一方で、最初の頃に感じた“500Xに似てる”感のようなモノは見慣れれば見慣れるほどどんどん薄れて、むしろ御先祖様であるクラシック・セイチェント(600)の面影を強く意識させられるような気になってきた。ボンネットのライン、オデコからアゴへと落ちていく角度、ルーフからリアエンドに至るライン、優しく膨らんでから垂直気味に落ちていくリアゲートまわりのボリューム感などなど。1955年生まれの初代600に共通するそうしたディテールが、ちっとも懐古主義的なデザインじゃないのにどこかクラシカルな趣を感じさせる。
しかも、パッケージングはだいぶマジメなのだ。大人4人が楽々快適に移動することができたし、ラゲッジスペースの広さもかなりもので使い勝手もよかったし、トランスミッションがないことで確保できたセンターコンソールの深く大きな収納も使ってみるとだいぶ具合がよかった。実用性に関してもホントに文句ナシなのだ。時代が違うから求められる水準も違うけど、初代セイチェントもとてもマジメなクルマで、イタリアの人たちにとって使い勝手のいいファミリーカーとして作られた。単に“600=セイチェント”という名前が一緒なだけじゃなく、根っこにある思想も一緒なのだな、と実感する。
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ワインディングロードでも楽しい600e
ならば走ってみたらどうなんだ? ってことになるんだろうけど、いや、これがもうまったく不満なし! なのだ。ファミリーユースに最適な実用コンパクトSUVっていうのは内燃エンジンのものもモーター駆動のものも多々あるわけで、その中でもかなりいい線いってるんじゃないか? と素直に思えた。
いや、スポーツ系じゃないからやたらと速いってわけでもなくて、そのあたりはこのクラスのバッテリーEVとしての標準的なレベルを大きく上回ってるわけじゃないんだけど、そこはやっぱりモーター駆動。その加速の強力さには思わずニヤリとさせられるし、欲しいときに欲しい分だけトルクを与えてくれる豊かさと瞬発力には心ときめくし、極めて滑らかに速度が伸びていく感覚には内燃エンジンとはまた違った気持ちよさを感じる。重たいバッテリーをドーンと積んでることによる車重の重さは、乗り心地のよさや安定感と重厚感へと巧みに変換されてるし、車内は素晴らしく静かだから、4人乗車の後席の友人とも難なく話せて想い出話に花を咲かせられたし。とにかく街中や郊外などをフツーにドライブしていても、高速道路でちょっと足を伸ばした日帰りの旅に出たときも、常に御機嫌な自分でいられた。さらにはバッテリーが低い位置にレイアウトされてるおかげでハンドリングもなかなか具合が良くて、とても素直に曲がってくれる。行きたい方向へすんなりと向かってくれる。
それだけならまだしも、“まさかねぇ……”みたいな出来心でワインディングロードへ滑り込み、元気よく走ってみたら……600eはやっぱりフィアットだった。前後左右の荷重移動の自由度が高く、曲がりはじめると特有の粘り腰を見せながら結構なスピードでグイグイとコーナーをやっつけていく懐深いシャシーの性格。楽しさと安心感をしっかり両立させたその曲がりっぷりが、ちょっとしたスポーツカーを走らせてるような気分にさせてくれる。たとえ実用車であっても“曲がる”ということのワクワク感を秘かに──だけどしっかりと──大切にしているのがフィアットの伝統。500eがそうであるように、600eにもそれは確実に受け継がれている。バッテリーEVだからといって──逆にバッテリーEVだからこそ──これっぽっちも手を抜いてない。
誰もが安心して運転操作ができる自然なフィーリング
と、こんなふうにまくし立てるといかにもEVの特性を強調したクルマのように思われちゃうかもしれないけど、実は逆だったりする。たとえば先述のハンドリングにしても、ステアリングのフィールはクイックなのではなくむしろスロー気味で、切り込みすぎてしまうミスを誘発しないセッティング。加速はたしかに見た目より遙かに鋭いけど、アクセルペダルを踏んだ瞬間にトルクをドーンと炸裂させるのではなく、上手に角を丸めた感じで送り出していく。癖らしい癖も、まったく見当たらない。つまりどういうことなのかといえば、誰もが安心して運転操作ができ、自然で穏やかなフィールとともにバッテリーEVならではの魅力を味わえるように躾けられているのである。これはファミリーカーとしての実に正しいあり方であり、ユーザーに対するフィアットの優しさ、良心なのだと思う。
全体的には、何かどこかが突出して尖ってるようなところがなく、バランスに優れた優等生的なバッテリーEVという印象。あまりにまとまりがいいので、ともすれば走りは無個性みたいに感じてしまう人もいるかもしれない。でも、乗ってるうちにジワジワとよさが身体に染み入ってくるようなところはあるし、一歩深く足を踏み入れてみると伝統に則ったスポーティさが貌を見せてくれる。間口が広く、奥が深いのだ。……ホメ過ぎか?
航続距離関連の話をしておくと、WLTCモードで493kmというそのままの数字はさすがに無理筋だったけど、当たり前のように満充電で400km前後の距離を走行できた。残りの充電量48%からタブレット端末でメールのチェックや返信などをしてたら過ぎてしまった30分の充電で89%まで回復するなど、急速充電での電気の飲み込みも想像していたより遙かによかった。これはもう立派に実用的、といえるレベルにあると断言していいと思う。
何だかものすごく気に入った……というか、だいぶ欲しい気持ちになっちゃった。
趣味のクルマはゴブジ号、アシの実用車は600e。えらく理想的な組み合わせであるように感じるのは、僕だけだろうか……?
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