戦前のレースシーンと最高速チャレンジに燦然と輝く偉業
メルセデス・ベンツのモータースポーツを語るうえで、名監督アルフレッド・ノイバウアーと名ドライバー、ルドルフ・カラッチオラの関係性はとても重要です。そこで、両者の関係についてじっくりと解説していきます。今回は、大事故からの選手生命の危機を乗り越えたカラッチオラが、W25およびW125「シルバーアロー」でレースシーンを席巻するまでと、世界スピード記録への挑戦を紹介します。
妻シャルリーの死のショックを乗り越えて
1934年2月2日、ルドルフ・カラッチオラに第2回目の衝撃が襲った。つまり、妻のシャルリーが友達と日帰りのスキーツアーに出かけたまま、旅行先から帰って来なかったのであった。真夜中前になって、カラッチオラの家の呼び鈴が鳴った。ドアを開けるとシャルリーとともに出かけた山のガイドがドアの前で震えて立っていた。
「ウルデンフルクリで起こった雪崩にシャルリーがさらわれた。我々は彼女を探し出したが……、死んでいたんだ」
と彼は言った。カラッチオラはスイスの彼の家の中に数カ月間閉じこもった。しかし、彼は立ち直り1934年5月24日にはメルセデス・ベンツのレーシングカー「W25」のステアリングを再び握りしめ座っていた。
このことにはアリス・ホフマン・トロベック(愛称は“ベビー”・ホフマン)の功績に負うところが大きかった。彼女はレーシングドライバー仲間のルイ・シロンの女友達であったが彼と別れ、カラッチオラとスイスに住むようになったのだ。
カラッチオラがヨーロッパ・ドライバーズチャンピオンに!
1932年10月、フランスに本拠を置くA.I.A.C.R.(現在のFIAに当たる国際自動車クラブ連合機関)が1934年から1936年までの新しいGPフォーミュラを発表し、重量は750kg以下に規定した。
ベルリンのアフスのテスト走行で、カラッチオラは新しい750kgフォーミュラのメルセデス・ベンツW25でワールドクラスタイムを出し、ついにメルセデス・ベンツとの契約を完璧なものとしたのであった。新聞は大見出しを付けた。「カラッチオラ、再びトレーニングをする」/「カラッチオラがレコードを出す」。
もちろん、レースでの勝利は待たねばならなかった。フランスGPではカラッチオラのメルセデス・ベンツはガソリンポンプが動かなかったし、ニュルブルクリンクでは彼がスピードを出し過ぎ、そしてベルンのスイスGPでは彼は疲労のため失神しレースをリタイア、彼のクルマをイタリアのルイージ・ファジオーリが引き継ぎ優勝した。
しかし、1935年の全14 GPレース中、計7回(うちヨーロッパチャンピオンの懸かったGP 5レースで計3回)、メルセデス・ベンツの勝利をルドルフ・カラッチオラが勝ち取った。1935年、彼はレーシングカーの初回ヨーロッパ・ドライバーズチャンピオンとなった。ファジオーリはカラッチオラが自分より速い男としては認めたくなく、アウトウニオンへと移って行った。
W125「シルバーアロー」の誕生
1937年はレーシングカー製造において、メルセデス・ベンツの新しい時代が始まった。750kgフォーミュラが1年延長されて1937年にも適用された。1人の若い天才エンジニアがメルセデス・ベンツに最後の仕上げをした。彼の名はルドルフ・ウーレンハウト、サーキット上をレーシングスピードでGPカーを乗りこなすことができる唯一のコンストラクターであった。
それまで技術者の間ではスプリングはハードで、あまりソフトではないことが主流とされていた。ウーレンハウトはこれを一新し、柔らかいスプリングで非常にソフトにした。つまり、軽量で優れた乗り心地とロードホールディングを合わせ持つ新しいメルセデス・ベンツの最強モデル「W125」の誕生であった。搭載されたM125型エンジンは5.6Lの直列8気筒DOHCで645psを発揮し、メインベアリングは9個を備えた。トップスピードは433.7km/hを記録した怪物マシンであった。
1937年5月9日、カラッチオラとファジオーリの2人のライバルは再度トリポリで出会った。カラッチオラはこのメルセデス・ベンツW125を駆って、ファジオーリはアウトウニオンの「タイプC」で、ラップごとに死闘を繰り返した。しかし、ファジオーリは5位、カラッチオラは6位に終わった(ヘルマン・ランクが優勝)。
メルセデス・ベンツのスタッフがレース終了後、ピットの中で座っていたとき、ノイバウアー監督は唐突にすぐ近くで罵り声を耳にした。そこにブルーのオーバーオールを着た巨人が汗をかき、怒りにゆがんだ顔をして走り込んできた。彼は右手にハンマーを振り回していた。ファジオーリであった。
「カラッチオラはどこだ? オレの邪魔ばっかりする卑怯な奴は」
と彼はわめき散らした。
「ルディ、危ないぞ!」
とノイバウアーは叫んで、ルドルフ・カラッチオラはすばやく身をすくめた。すると、重いハンマーは彼の頭上をビューンと音を立てて通り過ぎた。あと2cm低かったらルディは死んでいたであろう。