レストア、それともレクリエーション?
2024年9月7日、ボナムズ社の「Goodwood Revival Collectors’ Motor Cars and Automobilia 2024」オークションに出品されたブガッティ T35Tは、2018年〜2019年にかけて「ジェントリー・レストレーションズ」社によって、1926年にタルガ・フローリオで優勝したT35Tのオリジナル仕様にフルリビルトされた1台である。
ジェントリー社は、同じ英国の「アイヴァン・ダットン」社と並び、ブガッティの修復やメンテナンスの分野では世界の最高峰と称される工房。彼らはレストア用の「プロジェクト」としてこのT35Tを購入し、2009年に関連部品とともにドイツから輸入したが、その時点では走行不能なローリングシャシーだった。
ジェントリー社の長、スティーヴン・ジェントリー氏は、既存のオリジナル部品が摩耗していたり、品質が怪しかったり、安全性や信頼性に問題があると判断した場合には、英国内(ないしはアルゼンチン製も?)で再生産されたリプロ部品や交換部品へと換装しながら、このT35Tを再構築したとのこと。
ジェントリー・レストレーションズ社による、約18カ月にも及ぶレストア期間中には、かつて仏モルスハイムでつくられた純正T35Tスペックに忠実であることを保証するために細心の注意が払われたそうだが、走行性を向上させるために若干の現代的な改造が加えられたとのこと。このリビルド工程については、完全な写真記録が入手可能という。
シャシー(No. R4264)はモルスハイム製のオリジナルではないものの、T35の専用治具で測定した結果、完璧にオリジナルを「再現」していることが判明している。いっぽう「019A」と刻印された直8エンジンは、T35Tスペックのマグネトー点火の5ローラーベアリングとされている。つまり、本来のシャシーナンバーのないフレームを使用していることから、レクリエーションに近い内容のレストア車両とみるべきだろう。
レストア後はほとんど走行していない
この個体は、2009年に英国内での登録のため「DVLA(Driver and Vehicle Licensing Agency:運転免許庁)」による検査と写真撮影を受け、登録番号「BF 5305」が与えられた。ただし2009年以前の履歴は不明であり、車両は2019年に「ビルドアップ(新規製作)」されたものとして認知されている。
このブガッティ T35Tはレストアのあと、ほとんど走行しておらず、ジェントリー社による販売前の点検と整備ののち、さらなる公道や競技会への出走の準備ができていると主張されていた。
ボナムズ社は「ブガッティ T35の100周年を祝うのに、これ以上の方法があるだろうか?」という煽情的なPRフレーズとともに、25万ポンド~30万ポンド(当時のレートで約4900万円〜約5900万円)という、完全オリジナルとして認められたブガッティT35の相場価格の1/10以下にも相当するエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
ところが実際の競売では出品サイドの規定した「リザーヴ(最低落札価格)」には到達せず、残念ながら「流札」に終わってしまったようである。
ただし、現オーナーおよびボナムズ社の見立ては決して過大評価などではなく、たとえばアルゼンチン「Le Pur Sang」が今世紀に自社製パーツで製作したT35であっても、もし現在の国際マーケットに売りに出されれば、5000万円を下回ることなどほとんどないのが実情。
したがって、今回のオークションについていえば、決して多くはない顧客候補との折り合いがつかなかったということなのであろう。