1978年式 メルセデス・ベンツ ウニモグ 406
「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回は、当コーナーにおいても変わり種中の変わり種です。乗用車ではないのはもちろん、一般的なトラックの常識も逸脱したメルセデス・ベンツ「ウニモグ」のステアリングを握るチャンスが到来しました。
ウニモグ≒多目的動力装置って、なにもの?
第二次世界大戦が終わった直後、戦前にダイムラー・ベンツの航空機エンジン設計部長を務め、戦後はシュヴェービッシュ・グミュントにある金属製品メーカー「エアハルト&ゼーネ」社にて技術部長に転身していたアルベルト・フリードリヒが開発した農業用の小型四輪駆動車プロジェクト「農業用の発動機駆動式汎用機械」が、のちの多目的作業車「ウニモグ(UNIMOG)」の起源とされている。
このちょっと変わったネーミングは、ドイツ語「UNIversal-MOtor-Gerät」のイニシャル。日本語に直訳すれば「多目的動力装置」となる。
1948年8月にフランクフルトで開催された「ドイツ農業協会(DLG)」の展示会にて初の市販モデル「U70200」が一般公開され、翌1949年からゲッピンゲンにある「ベーリンガー」社で量産が開始。エンジンは、ダイムラー・ベンツ製のディーゼルだった。
そして1950年秋には、連合軍占領当局によりダイムラー・ベンツ社に施行されていた、軍用にも転用可能な全輪駆動車の車両製造に関する禁制が解けたことから、同社が大量生産に必要な資金を用意し、ベーリンガー社から全特許と生産設備を含むウニモグ事業を取得した。この買収には、開発チームと新設された販売チームも含まれていた。
そして1951年には、ダイムラー・ベンツのガッゲナウ工場にてウニモグ「U2010」の生産が開始。さらに1953年デビューの「U401」と「U402」では多くの改良が加えられ、開祖以来のコンバーチブル式キャブにくわえて、全天候型のクローズドキャブも導入された。
いずれのウニモグも、トラック式の頑強なラダーフレームに前後4輪同サイズの巨大なタイヤを履き、ハブリダクションとポータルアクスル、コイルスプリング、前後軸にデフロックを備えた全輪駆動機構によって、あらゆる路面状況にも適応する高いオフロード能力が与えられていた。
その結果として得られた走破性を生かして、もともとの主目的たる農林業用車両としてはもちろん、道路公団や鉄道会社で作業用車や除雪車としても運用されたほか、消防車や軍用車としても活躍したウニモグは、その用途に応じて目まぐるしく改良が施された。
そして1963年に登場するのが、日本の鉄道会社や電力会社、林野庁などにも数多く納入されることになった「406」シリーズである。406は併売されていた従来のウニモグよりは若干小型化され、丸みを帯びたデザインのキャビンの下には、トラックやトラクター、船舶などにも使われる汎用ディーゼルエンジンOM352型直列6気筒OHVを搭載する。
このエンジンの排気量は5675ccで、初期の406では65ps、最終的には84psを発生したとのこと。またパワーステアリングの導入や、トランスミッションにコンスタントメッシュ機構が追加されるなどの改良を受けつつ、1989年ごろまで生産されたといわれている。
ウニモグが群馬の老舗醤油工房のシンボルに
今回の主役となるウニモグは、1978年式の「406」。天保三年(1832年)創業という群馬県安中市の老舗醤油店「有田屋」のシンボル的な存在である。
同社の7代目当主である湯浅康毅氏は、1970年代中盤のスーパーカーブームに胸ときめかせた、少年時代からのクルマ好き。彼が憧れを募らせてきたクルマの中には、ウニモグもあったのだが、老舗を受け継いだばかりのころには、もちろんそんな個人的な憧れなどは封印せざるを得なかったそうだ。
状況が大きく変わったのは、2008年ごろのこと。それまで社内で行っていた配送業務の外注化を図り、代わりに地域イベントなどでも人目を惹きそうな面白いトラックを導入することになったのだ。そこで思い浮かんだのが、少年時代から憧れだったというウニモグ。
そんな折、趣味性の強いクルマを専門に扱う中古車紹介サイトにて、現在の愛車であるウニモグを発見。ついに入手に至ったという。
ところが、当初の予定では配送には使わないはずだったのが、予想以上に知名度が上がってしまったことから、「ウニモグに会いたい」という古くからのお得意様が続出。くわえて送迎などにも活用され、今では「2シーターのベンツでお迎えに上がります」という定番ジョークとともに、ゲストたちを驚かせているとのことである。
巨大なボディに乗り込むだけでひと苦労
湯浅さんと筆者は10年来の知己であり、彼のウニモグは幾度か見せていただく機会もあったのだが、じつは助手席に乗ったことすらなかった。そこで今回は、オーナーとしてこのクルマと15年以上の時を過ごしてきた湯浅さんに助手席へと乗っていただき、レクチャーを受けながらの初テストドライブに挑むことにしたのだ。
とはいえ、一般的な乗用車のルーフ上に、小型トラックの車体をもうひとつ乗せたくらいの高さのあるウニモグである。乗り込むにはアクロバティックな体勢を余儀なくされる。
まずはステップに右足を乗せ、ヨイショっとよじ登って左足を運転席に滑り込ませる。そして、もう一度身を捻ってなんとかシートに腰を降ろすと、キャビン内は巨大なエンジンカバーに占められるものの、なかなか快適な着座姿勢が得られる。
エンジンやトランスミッションは、暖まるまで操作がガチガチに固くて非常に大変だそうだが、ひとたび暖まれば絶妙になめらかになるとのこと。今回は試乗に先立ってオーナーさんがしっかり暖気しておいてくださったため、今いちど燃料ポンプのレバーを回し、次にイグニッションキー横の始動ボタンを押すと、直列6気筒5677ccのディーゼルエンジンは「ブルンッ」と一発でかかる。
そして、期待と不安が半々という心境のまま、ついにショートドライブのときがやってきたのだ。
笑ってしまうほどに運転が愉しい!
ディーゼルエンジンのアイドリングは非常に安定しているが、キャビン内は轟音に満たされている。そして、意外なくらいに軽いクラッチを踏み込み、複雑な方向に曲げられたシフトレバーを握る。
ウニモグ 406系のトランスミッションは前進6速ながら、1-2速は局地用の「スーパーロー」。通常の道路では3速から6速までを使用する。また前進/後退は別のレバーでセレクトし、リバースは1-2速のみに適用されるという。
また、前後・左右ともにどの位置が何速であるかが分かりづらいものの、「しばらく乗っていれば慣れますよ(笑)」とのこと。そこで、まずは探り探り3速に入れて、助手席の湯浅さんから教えられたとおりアイドリングのままクラッチをつないでみると、3tを超える巨体はあっけないほどスムーズに走り出す。
この時代のウニモグ406はコンスタントメッシュ式変速機だそうで、普通のシンクロつきのような荒っぽい操作は受け付けてくれない。だから、実質的なローである3速から4-5-6速への変速は、すべて丁寧にダブルクラッチを踏む必要があるものの、扱いにくさなどはみじんも感じられない。
巨大なステアリングホイールを回して旋回に挑むと、1973年以降は標準化されたというパワーステアリングのおかげか、操舵力は予想していたよりもはるかに軽い。また、元来が外部動力を駆動するトラクターであることから、ハンドリングは当然スローかと思えば、決してそんなことはない。
自動車としての出自からして、旋回性能の高さなどまったく期待してはいなかったのに、2380mm、すなわち日本の軽自動車とほとんど変わらないほどに短いホイールベースも相まってだろうが、驚くほどクイックに向きを変える。広大な駐車場での試乗で3-4速だけでの走行ゆえに、スピードはせいぜい30km/h程度ではある。ところが、こんな真面目な目的でつくられたクルマに対する評価としては不適切かもしれないが、とにかく笑ってしまうほどに運転が愉しいのだ。
出自は作業用車でもメルセデスはメルセデス
そして、予想外なことばかりのウニモグにも少し慣れてくると分かってきたのは、各操作系や内外装が非常にしっかりしていること。ステアリングホイールやシフトレバー、あるいはペダル類に至るまで剛性感のあるタッチで、組みつけ精度の高さを感じさせる。
また、内装に豪華さを演出する装備などは一切ないものの、簡素なシートの作りは非常に良く、疲れは最小限に抑えられそうだった。たとえ作業用車のウニモグであっても、メルセデスはメルセデス……、と思い知らされたのである。
ちなみに、降車のプロセスは乗車時以上に難儀で、上手く降りないと地面で足を捻挫してしまいそうになる。そこで、まずはステップに左足のつま先を乗せつつ、全身をよじって後ろ向きになり、なんとか無事に地上に降り立つことができた。やっぱりウニモグは、ひと筋縄ではいかないようだ。
このウニモグを辛うじて走らせる機会を得た今、シビアな現場で使いこなしていた先人たちには、尊敬の想いを禁じえないのである。
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