空冷ポルシェ911のアイコン的名作
2024年9月、英国チチェスター近郊で開催されたサーキットイベント「グッドウッド・リバイバル2024」のオフィシャルオークションとして、英国「ボナムズ」社が開いた「Goodwood Revival Collectors’ Motor Cars and Automobilia 2024」では、珠玉のクラシックカー/ヤングタイマーはもちろん、「オートモビリア」と呼ばれるエンスージアスト向けグッズに至る、約180ロットが出展されました。今回はそのなかから、2010年代以降の空冷ポルシェ人気を象徴する名作ポルシェ「911カレラRS」を俎上に載せ、その解説とオークション結果についてお伝えします。
レースのホモロゲーション獲得のために生み出された歴史的アイコンとは?
1973年モデルとして生産されたことから「ナナサンカレラRS」とも呼ばれるこのクルマは、同時に近年のクラシックカー・マーケットにて高騰の一途を辿ってきた空冷ポルシェ911の中でも、特に象徴的なモデルといえよう。
もともとポルシェでは「FIAグループ4/スペシャルGT」ホモロゲート車両として、レーシングユーズ専用モデルをプライベートチーム用に少数のみ生産していたが、1973年に新レギュレーションが施行され、500台の生産が要求される「グループ4-GT」が、耐久レースにおけるGTカテゴリーの主戦兵器とされることになる。
そこで、当時からGTカテゴリーに重きを置いていたポルシェは、FIAホモロゲート用に500台以上が量産可能なモデルとして、73カレラRSを開発することを決定した。
いわゆる「ロードゴーイング・レーサー」として企画された元祖カレラRSは、ボディパネルの薄板化やFRP製パーツの適用、そして一部の快適装備やアンダーコートなども放棄することで、スタンダードの911S-2.4と比較すれば実に150kg以上も軽量化が施され、純粋なレースモデル「RSR」にアップデートされることを前提としたホモロゲート仕様の「レーシング」では約900kg。公道とサーキットの両方を楽しみたいユーザーのための中間バージョン「スポーツ(ライトウェイト)」が960kg。そして、ストリート向けに快適装備を残した「ツーリング」仕様でも1075kgという、非常に軽い車両重量の実現に成功していた。
2.7Lエンジンを搭載! 低速トルクも拡大してドライバビリティもアップ
いっぽう、空冷フラット6エンジンは、当時の規定で3000cc以下のクラスに参入するためには排気量拡大が必須だったが、当時のスタンダード911に搭載されていた2.4Lユニットは、当時の技術ではボア径が既に限界に達していると判断された。
そこでポルシェ技術陣は、ル・マン24時間でも優勝したポルシェの超弩級モンスター、917譲りのテクノロジーである「ニカシル」シリンダーを採用。スリーブを廃したことで、2.7Lまで拡大を果たした。
このチューンアップにより、パワーは911S-2.4の190psから210psまで増大するが、実質的なパフォーマンスはスペック以上に拡大。そのかたわら、低速トルクも拡大してドライバビリティもアップするという、一石二鳥の素晴らしいマシンに仕上がったとされる。
こうして生を受けた911カレラRS2.7は、初期の予定どおり当時の3L以下のGTカテゴリーでは世界最強マシンとなり、ストリートでもライバルの羨望の的となる。
そしてこの種のスーパースポーツ、しかも限定モデルとして大ヒットを博したカレラRS2.7は、当初の予定だったFIAホモロゲートに必要な500台を、あっという間に販売してしまった。しかも、その後もモータースポーツ界やエンスージャストたちの要望は留まるところを知らず、結局予定の3倍にも及ぶ1580台が生産されるに至ったのである。
やはりツーリングとライトウェイトには歴然とした相場価格差がある……?
ものの本によると、ポルシェ911カレラRS2.7の生産数1580台の内訳は「ツーリング」が1324台、「スポーツ」が200台、そして「レーシング」が56台とされている。
このほど、ボナムズ「Goodwood Revival Collectors’ Motor Cars and Automobilia 2024」オークションに出品されたポルシェ911カレラRS2.7は、「M472」ツーリング仕様のオリジナル右ハンドル車。オリジナルの外装色は現在と同じ「バイア・レッド(Bahia Red)」で、今なおシャシーとエンジン番号が一致する、いわゆる「マッチングナンバー」の1台である。
この「C16」モデルコードのRS2.7は、1973年6月7日、ロンドンのブロンプトン・ロードにある「モーターチューン・リミテッド」社によって、英国オックスフォードシャーのリトル・ハセリーに住むジョン・パトリック・ヘイワード氏のもとへ新車として納車。現オーナーの亡き夫は、1976年5月にこのポルシェを手に入れた。
現状での走行距離は6万8800マイルと記録されており、オリジナルでは珍しくエナメル製ボンネットバッジのオレンジ色が残っている。
最大のトピックは、これまでのヒストリーがサービス履歴として仔細に残っていること。1974年2月19日にモーターチューンで1万1565マイル、1976年以降の3年間は、4万1200マイルに至るまで「ハソップ・モーター・カンパニー」、1985年以降は「AFN」社で点検を受けたことが記録されている。
また1998年には「モト・テクニック」によってベアメタル状態までペイントをはがされて再塗装。くわえて1998年から1999年にかけて、エンジンは「ウィンスロウ・モーターサービス」社によってリビルトされたいっぽう、ギアボックスは2002年に「JZ マクテック」社によってリビルトされた。
記録簿も多数残っている
さらに手書きのメモによると、近年では2014年9月、6万6000マイル時の2018年2月、6万7900マイル時の2021年11月にオイル交換されたことが記録されている。また2021年、6万7779マイルで新品のディスクとブレーキパッドが装着され、軽い点検整備を受けた。2022年には新しい「ピレリ・チントゥラート」タイヤが装着されている。
1976年から現在までの走行距離を証明するMoT証明書、エンジンとギアボックスのリビルドに関する重要な請求書、Moto Techniqueによるボディワークの修復と再塗装に関する請求書と写真、AFNからの多数の部品、2022年までの諸請求書とともに提供される。
今回のオークション出品にあたってボナムズ社の営業部門は「カレラRSレジスターに登録されているこの美しい個体は、故人の熱狂的なオーナーによって、その生涯のほとんどを通して大切にされてきたものであり、じっくりと検証する価値のあるものです」という宣伝文を添えて、40万ポンド~50万ポンド(約7520万円〜9400万円)という、ナナサンカレラRSツーリングとしては現状のマーケット相場に即したエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
そして「グッドウッド・リバイバル」の1週間前、9月7日にグッドウッド・サーキット内で行われた競売では、エスティメートの想定内に収まる47万1500ポンド。現在の為替レートで日本円に換算すれば、約8862万円で競売人のハンマーが鳴らされることになった。
ちなみに、この3週間ほど前に行われたRMサザビーズ「Monterey 2024」オークションでは、同じカレラRS2.7でもより市場価値の高い「スポーツ(ライトウェイト)」が出品されたばかり。落札には至らなかったものの、100万ドル(約1億5000万円)~150万ドル(約2億2400万円)というエスティメートが設定されていた。
これは、ポルシェ911カレラRS2.7が依然として高値安定であること。そして「ツーリング」と「スポーツ」には、歴然とした相場価格差があることを示しているといえるだろう。