たとえ安価であってもV12フェラーリを軽んずることなかれ
2024年10月9日〜10日にオークション業界における世界最大手の一角「RMサザビーズ」が北米ペンシルヴェニア州ハーシーの名物イベント公式オークションとして開催した「Hershey 2024」セールで、フェラーリ「365GT4 2+2」が再び姿を見せました。
チョコレートの聖地で行われる大規模オークションとは?
アメリカ合衆国ペンシルヴェニア州ハーシーといえば、多くの人にとっては「ハーシーズ」発祥の地、チョコレートの聖地として記憶されているだろう。
しかし、アメリカのカーマニアにとってのハーシーは、ハーシーズ社が1950年代から展開していたチョコレートの巨大テーマパーク「ハーシーズ・チョコレートワールド」の一角を占める、所蔵台数100台以上というクラシックカー博物館。あるいはチョコレートワールドの前身で、今なお中核となる「ハーシーパーク」の広大なスペースにて、毎年10月に開催されるクラシックカーミーティングの舞台としても認知されているようだ。
このイベントではアメリカ東海岸側各地のオーナーや愛好家たちが参加し、パーツやグッズ、あるいは車両そのものを売買するミーティングやトレードショーにくわえ、ローカル格式としては規模・内容ともに素晴らしいコンクール・デレガンスも開催。また、そのオフィシャルオークションとして、RMサザビーズの「Hershey」オークションも開かれることになっている。そして、2024年10月の「Hershey 2024」オークションの出品ロットでメインフィーチャーされたのは、2018年に逝去した実業家、故テレンス・E・アデレー氏のコレクションだった。
同氏は1920年代~1930年代にアメリカに存在した高級車メーカー「オーバーン」の車両や知的財産を護持する「オーバーン・ヘリテージトラスト」の理事を自ら務めていたように、オーバーンとその姉妹メーカーである「コード」や「デューゼンバーグ」の熱心な愛好家だった。くわえて「ロールス・ロイス」や「イスパノ・スイザ」など、第二次大戦前に欧州でつくられた高級車も熱心に蒐集していたのだが、今回紹介するフェラーリ「365GT4 2+2」は、彼のコレクションのなかでは明らかに異色の存在だったといえよう。
「やや」実用的なV型12気筒GTの代表格
1972年にデビューしたフェラーリ365GT4 2+2は、マラネッロ製グラントゥリズモとしては家族向けで、「やや」実用的なV型12気筒GTの代表格だった。
フェラーリ初のオートマティックトランスミッションを搭載した後継モデル「400AT」とは異なり、365GT4 2+2は4391ccの60度V型12気筒4カムシャフトエンジンに5速マニュアルのギアボックスのみが組み合わされていた。
デビュー時に公表されたデータによると、その最高速度は時速150マイル(約240km/h)以上とされており、この時代における4シーターGTとしては世界最速に属していたうえに、長距離ドライブでも快適かつスタイリッシュに走行できる、当時の世界では最高にプレミアムなグランドツアラーとして位置づけられていた。
マラネッロがこのモデルを「400」シリーズへと進化させるまでに、およそ525台が生産されたと考えられている。
非常にオリジナルなコンディションを保っている
2024年10月初旬、「Hershey 2024」オークションに出品されたフェラーリ365GT4 2+2は、シャシーナンバー「17235」。フェラーリのヒストリアンとして知られるジャレット・ロスマイヤー氏のレポートによると、もともとミラノの有名なフェラーリ正規ディーラー「M.ガストーネ・クレパルディ・アウトモビリS.A.S.」を介して、ファーストオーナーであるイタリアのベゲット氏に販売されたとのことである。
1970年代後半にはアメリカに渡り、1979年末から1980年初頭にかけて、カリフォルニア州アナハイム周辺に在住する、匿名の売主によって売りに出された。
そこからの記録は明らかにされていないが、それから数年間は故テレンス・E・アデレー氏によって使用されたのち、少なくとも数年前までは彼のもとで静態保存されていたと目される。
速度計内のオドメーターは、オークション公式カタログ作成の時点で6万3031kmを記録しており、ボディやタン革レザーの内装を含め、走行距離相応の適度なヤレ感とともに、非常にオリジナルなコンディションを保っているようである。
出品者側からすれば不本意だったに違いない落札価格?
このフェラーリ365GT4 2+2について、RMサザビーズ欧州本社は7万5000ドル~10万ドル(当時のレートで1110万円〜1480万円)という、このモデルの相場価格および写真で見る限りのコンディションからしても、かなり強気のエスティメート(推定落札価格)を設定するとともに、この出品ロットについては「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」で行うことを決定した。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは、確実に落札されることから会場の購買意欲が盛り上がり、エスティメートを超える勢いでビッド(入札)が進むこともあるのがメリット。しかしそのいっぽうで、たとえ出品者の意にそぐわない安値であっても落札されてしまう落とし穴もある。
そしてこの日のオークションでは、リスクを冒したことが裏目に出てしまったようで、競売が終わってみればエスティメート下限を下回る6万8750ドル、日本円に換算すれば約1030万円という、出品者側からすれば不本意だったに違いない落札価格で、競売人のハンマーが鳴らされることになったのだ。
ちなみに同じく2024年の夏、英国バークシャーで開催されたRMサザビーズ「Cliveden 2024」オークションに出品されたフェラーリ365GT4 2+2が3万6800英ポンド、日本円に換算すれば約730万円で落札されたばかり。やはり英国でもアメリカでも、このあたりが現在の相場感ということなのだろう。
もういちど断言する。覚悟なき者は手を伸ばすべからず!
フェラーリ365GT4 2+2はこのAMWオークションレビューでも常連中の常連。担当編集君の好みなのか、なぜか年がら年中登場している感があり、そのたびに筆者は口を酸っぱくして訴えてきているのだが、とにかくこのモデルや後継の400、あるいは412に至るまで、一部の国内ウェブメディアが無責任に煽るごとき「リーズナブルな」あるいは「安いから買っておこうか?」なんてクルマでは絶対にないことを、ここに今いちど断言しておきたい。
また、当のRMサザビーズのウェブカタログでさえも「新車時と同様“2+2”のための快適で楽しい移動手段となるだろう」などという楽観的かつお気楽なフレーズが謳われているが、それはあくまで絶好調のとき限定のこと。もっと古い世代のV12フェラーリと同等、あるいは電気系や油圧系システムが1960年代のフェラーリよりも複雑になった分だけ、余計に手がかかることを覚悟せねばなるまい。
フェラーリらしく走ることのできるコンディションを保つためには絶対的な資金力と広くて強いコネクション、そしてなにより熱意が問われる。
クラシックV12フェラーリは、すべてそういうクルマなのである。