まるで「狼の皮を被った羊」仕様
2024年9月8日に開催されたHOKKAIDO SONICの会場で、スタッフとして汗を流していた笠原さんは稚内在住、おそらく日本最北のトヨタ「86」オーナーだと思われます。トヨタ 86と愛猫ブンタ、YAZAWA、ススキノをこよなく愛す独身貴族の波瀾万丈な86ライフを紹介しましょう。
ドラッグレース仕様のランエボからトヨタ 86に乗り換え
北海道の86&BRZフリークの間で「最北の帝王」と呼ばれ名を馳せている笠原さんのトヨタ「86」後期型GRスポーツ。仕様を聞いてみたところ、エンジンはなぜか前期A型モデルに換装しているとのことで、詳しく話を聞いてみた。
稚内に住む笠原さんはもともと、日産Z32型「フェアレディZ」や三菱「ランサーエボリューション」のタービン交換をしたハイパワー車に乗り、ドラッグレースに参加して楽しんでいた。しかし「まっすぐだけ走って何が楽しいのよ? 誰でも速く走れるべや」という、ドラッグレースの奥深さと楽しさをまるで知らない知人からの心ないひと言に奮起し「なら周回系でも速いとこ見せてやる!」と、当時乗っていたトヨタ「サクシード」やスズキ「アルトワークス」で、雪上走行会や雪上ドリフト大会などに参加し始めた。
それらはとにかく非力なクルマだったので結果は伴わなかったが、クルマを振り回して操る楽しさに目覚めたそうだ。そんな矢先、知り合いからトヨタ 86前期を譲ってもらう話が浮上し、笠原さんの86ライフがスタートした。
2015年の冬に86前期オーナーとなった笠原さん。翌年は街乗りメインで86を楽しみ、2017年に十勝スピードウェイで初のサーキット走行を体験した。初走行にもかかわらず、そこそこのタイムが出たのでそこからドップリのめり込み、2カ月に1度くらいのペースでサーキットに足を運んだ。とは言っても、日本最北の街、稚内から十勝スピードウェイまでは片道約450kmの道のり。サーキット走行も含めると、往復1000km以上となかなかハードではあるが、86でのスポーツ走行はその労力を差し引いても至福の時間のようだ。
真冬のホワイトアウトで最初の悲劇到来
笠原さんが86のメンテナンスやチューニングを依頼していたのは、86&BRZオーナー間では北海道のみならず全国的にも有名な、札幌市の隣町、石狩市にあるマルマンモーターズ。2018年の冬、同店からの帰路で不運に巻き込まれた。日本海沿岸を北上していたが、その日は天候が悪く、吹雪、さらには走ったクルマが巻き上げる雪煙で視界がほぼゼロになるホワイトアウトがところどころで発生していた。
日中ヘッドライトを点灯してもヘッドライトが照らすのは、雪による銀幕のみ。視界は2~3mあるかないか。当然、笠原さんも慎重に走ってはいたが、突然目の間に停車していた事故車両が現れ、なす術なく追突。ニュースになるほどの多重玉突き事故の餌食となってしまい、トヨタ 86前期は廃車となってしまった。