クリスマスに起きた壁ドン事件
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第49回は「ごめん……ゴブジ号」お届けします。3年前の年の瀬のお話です。
オイル問題以外は絶好調
「平井さんのところの工場が空いたら、そろそろエンジンのオーバーホールに入れましょうか」
チンクエチェント博物館の館長にして嶋田の飼育係(?)みたいな役目をしてくれてる深津浩之さん、だ。2021年12月4日〜5日に“あいちトリコローレ”でのトーク仕事のためにゴブジ号を走らせていったとき、深津さんにもちょっと試乗してもらったのだ。そしたら……。
「いや、たしかに調子いいなぁ。ノーマルのチンクエチェントとしては、あいかわらずかなり速いですよ。オイルの問題はオーバーホールしてもらうことで解決すると思いますから。平井さんには連絡をしておきますよ」
“平井さんのところ”とは、言うまでもなく静岡のスペシャリスト、“スティルベーシック”のこと。社長の平井さんと腕利きメカニックの大介さんの方の平井さんのふたりが忙しく作業をしているものの、全国から修理や整備の依頼がひっきりなしだから、工場はそう簡単に空いたりはしない。なので、作業の予約をお願いしようということになった。
おかげで直ったわけでもないのに何となくホッとしたような気分になった僕は、遠慮なしにゴブジ号を走らせることにした。いや、ホッとしてなくても走らせるんだけどね。
ゴブジ号、雑誌デビュー!
2021年12月15日。この日は僕の古巣でもある“Tipo”の撮影に呼ばれたので、富士スピードウェイへ走っていった。呼ばれたのは僕じゃなくてどっちかといえばゴブジ号の方で、巻頭特集と表紙の両方に登場させたい、ということだった。クルマを持ってきてくれたら原稿も書かせてあげますよ、
僕はこの日にあらためてゴブジ号の試乗をする必要なんかないわけだから、腕っこきのカメラマンが撮影してるところをボーッと眺めたり、プロがセッティングしたアングルをそのままパクってiPhoneで写真を撮ったりしてたのだけど、いや、あらためてヌォーヴァ500のスタイリングデザインの素晴らしさに唸らされた。設計者でありデザイナーでもあるダンテ・ジアコーサは、何もかわいいクルマを作ろうと思って丸っこい姿にしたわけじゃなくて……という話を語るのはまた別の機会にするけれど、とにかくずーっと見てられる。ずーっと見ればずーっと見るほど、まずます感服させられる。チンクエチェント博物館の伊藤精朗代表は、このクルマを“動くモダンアート”と表現してるけど、まさにそのとおりだな、としみじみ思う。そしてプロが撮ってくれたゴブジ号の写真の美しいことカッコいいこと。さすがにそれを見ていただくには2022年2月号の“Tipo”を御覧いただくしかないので今回は僕の写真で我慢してもらうしかないのだけど、そういえば、確かこれがゴブジ号の紙媒体、つまり雑誌でのデビューだったんじゃなかったか? デモカーとしての役割もひとつ、ちゃんと果たせたわけだ。
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埼玉の仲間の家を目指してた途中に……
だが、ゴブジ号が美しい姿をキープしていられたのは、この10日後までのことだった。
2021年12月25日の午後。僕はゴブジ号を走らせて、埼玉の地元の仲間の家を目指してた。華やかなクリスマスなんてものとは縁がなくてオッサンの集まりなのだけど、仲間内の忘年会に行こうとしてたのだ。しこたま飲むことが既定路線なので、もちろん1泊。ジュース代わりのランブルスコ何本かを積んで目黒のハズレの自宅を出て、首都高速の2号線から外環状、そして5号線へ。
御存知の方も少なくないだろうが、2号線と5号線はまるでワインディングロードのようにおもしろいコーナーが続く。そして5号線のとある左コーナーをクリアしようとしたとき、悲劇が起こった。チンクエチェントはスピードに限りがあるから、常に左車線。タイヤも糸のように細いから無理はせず、適度なリズムで走ってたわけで、フロントタイヤへの荷重の載せ方ひとつで曲がり方がガラリと変わるその特性を楽しみながら、ブレーキング、そしてターンイン。
すると、だ。ゴブジ号の斜め右前を走ってた黒く巨大なワンボックスが、何の前触れもなくこちら側にグイッと車線を割って切り込んできた。
うあーっ! マジかーっ!?
反射的にブレーキペダルを踏みつけながらステアリングを左に切ってワンボックスとの接触だけはギリギリ──あり得ないくらいギリギリ──で回避できたのだが、ほとんど左側の壁に貼りつきそうな勢いで行き場をなくした──壁ドン覚悟の──ゴブジ号は、壁にぶつかることこそなかったものの、その壁の足元の支え(?)みたいになってる出っ張りの部分に前後のホイールキャップをかすらせてしまった。いや、鳥肌が立つようなイヤな接触音を耳にした直後は左のフェンダーあたりにダメージを受けたかも……と思ったのだが、さすがに首都高速の上でクルマを停めるわけにはいかず。気の狂った運転をしてた黒のワンボックスをとっ捕まえて泣くまで罵声を浴びせかけてやりたかったが、18psで必死に走っても追いつけるはずがなく。結局、ホイールキャップだけですんだことを知ったのは外環経由で関越自動車道に入った三芳パーキングエリアでチェックしたときのことだったのだけど、気分は最悪。その晩の酒がちっとも美味くなかったのは言うまでもない。
博物館に電話を入れて報告とお詫びをしたら、深津さんは
「ホイールキャップなんて安いものだしパーツはたくさんありますから。回避できたのは嶋田さんのテクニックでしょ(笑)。大きい事故にならなくてホントによかったです」
なんて明るく言ってくれたが、おかげで僕はとっても鬱々とした気分で2022年を迎えることになった。
ゴメンな、ゴブジ号……。もっと上手く回避できたかもしれないのにな……。ホントにゴメン! ……くっそー。俺の2022年はどんなトシになるんだ……?
■協力:チンクエチェント博物館
https://museo500.com
■協力:スティルベーシック
https://style-basic.jp
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