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ロータリーエンジンをメルセデスが本気で開発していた! 世界中から注目され数々の記録を樹立した実験試作車「C111」とはなんだったのか?

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TEXT: 妻谷裕二(TSUMATANI Hiroji)  PHOTO: Mercedes-Benz AG

  • メルセデス・ベンツは1960年代初頭からロータリーエンジンの開発に取り組むと同時に、かの有名なブルーノ・サッコが考案し、1964年にメルセデス・ベンツのデザイナーであるジョルジオ・バティステラがデザインしたミッドシップエンジン「SLX」スーパースポーツカーのデザインも製作。1966年4月には、このSLXスーパースポーツカーの1/1デザインモデルをウンタートュルクハイムの大型風洞で測定(写真)。このプロジェクトはこれ以上進められなかったがC111のルーツのひとつを形成。しかもメルセデス・ベンツ・クラシックの車両コレクションになった
  • ジンデルフィンゲンのスタイリング部門でデザイン作業を全速力で進め、1969年春にC101の形状を開発。ピーター・ファイファー(白いシャツを着て、1/1モデルの正面)は、C101の設計開発に大きな役割を果たし、ヨーゼフ・ガリッツェンデルファーとともにメルセデス・ベンツの設計開発に粘土モデルを使用することを確立。その30年後、ピーター・ファイファーはデザイン部門の責任者となる
  • メルセデス・ベンツC111の最初のバージョンである1/1デザインモデル
  • 1969年7月中旬にウンタートルクハイムの風洞で行われた空力テストで完成した最初のC111。当初のボディは白だった
  • ロータリーエンジンを搭載したメルセデス・ベンツC111-Iのプロトタイプである「ホーベル」は、ウンタートルクハイムの90度テストバンクを疾走中。当初のボディは白だった
  • 1969年9月、フランクフルトモーターショー(IAA)でメルセデス・ベンツが発表したロータリーエンジンを搭載したC111-Iは最初からハイライトであった
  • 1969年、メルセデス・ベンツC111-Iに採用した600ccのM950F 3ローターエンジンを手にする、メルセデス・ベンツ乗用車開発責任者ルドルフ・ウーレンハウト
  • メルセデス・ベンツの乗用車開発責任者ルドルフ・ウーレンハウトは1969年7月15日、ホッケンハイムリンクでのテスト走行中にC111-Iでコーヒーブレイク。その日は彼の誕生日だった
  • メルセデス・ベンツC111-Iに採用された600ccの3ローターのM950Fロータリーエンジンを手作業で組み立て中
  • メルセデス・ベンツC111-IのX線透視図。ボックスセクションフレームとロールオーバーバーとして機能するように設計されたリアバルクヘッドサラウンドが見える
  • 1969年9月、フランクフルトモーターショー(IAA)でメルセデス・ベンツが発表したロータリーエンジンを搭載したC111-Iは最初からハイライトであった
  • 1976年6月、ナルドサーキットで5気筒ターボディーゼルを搭載して64時間世界記録に挑戦中のC111-IID
  • 1978年4月30日、C111-IIIはイタリアのナルドサーキットで連続12時間にわたるレコード走行で、見事に9つの世界記録を樹立した
  • C111-IVはさらなる空力性能向上のためにフロントスポイラーと飛行機の水平尾翼の2枚のリアウイング、垂直尾翼状の2枚のフィンが取り付けられた。写真はウンタートルクハイムのテストコース
  • ビジョン ワンイレブンはその名が示す通り、伝説的な実験試作車・C111へのオマージュであり、次世代のメルセデス・ベンツが目指す「アイコニック・ラグジュアリー」の方向性を示している。伝説のC111とビジョン ワンイレブンの2台展示
  • 1969年、ホッケンハイムリンクでテスト走行中のメルセデス・ベンツ最初のC111。当初のボディは白だった

ロータリーエンジンと記録破りの実験試作車、メルセデス・ベンツC111

メルセデス・ベンツ「C111」が初めてその姿を発表したのは、1969年9月のフランクフルトモーターショー(IAA)でした。それは、伝説の「300SL」を彷彿させるガルウイングドアを持つミッドシップ2シーターであり、心臓部には当時「夢のパワーユニット」として世界中の自動車エンジニアが開発を進めていた3ローター型のロータリーエンジンを搭載していました。市販車では全くなく、あくまでもメルセデス・ベンツの実験試作車として、ロータリーエンジンはじめターボディーゼルエンジンなどを搭載して数々の記録を打ち立てたC111シリーズ(I、II、IID、III、IV)。それらが果たした役割にスポットをあて、連載として3回に分けて紹介していきます。

夢のパワーユニット・ロータリーエンジンを搭載し1969年デビュー

ロータリーエンジンの研究は原理的には1588年から行われてきた。その中で、1951年、当時世界的に有名なオートバイメーカーであり、4輪車部門への参入を計画していたドイツのNSU社に新しい技術の構想をもって共同開発の申し入れをしたのが1903年生まれのドイツのフェリクス・ハインリッヒ・ヴァンケル技師(Dr. Felix Heinrich Wankel)であった。この時、彼は49歳であった。

彼は、早くからロータリーエンジンに興味を持ち、1924年には自身のワークショプをつくり研究を重ねていた。第2次大戦後、政府に援助を得て工業技術研究所を設立し、回転機構だけで構成される歴代のロータリーエンジンについて原理や構造を調査・分析し、ロータリーエンジンが内燃機関として成立するために並みならぬ努力を重ねた。そして、1957年にドイツのNSU社とヴァンケル社が共同研究により開発に成功した。開発が成功するとともにNSU社はライセンス事業戦略を展開した。このロータリーエンジンは、三角形のおむすび型のローターが回転することで動力を発生する内燃機関で(RE)、一般的なレシプロエンジンのような往復動機構とは異なることは周知の通りである(メリット&デメリットを含め)。

1969年9月、フランクフルトモーターショーでメルセデス・ベンツが発表したロータリーエンジンを搭載した「C111」は最初からハイライトであった(後続のC111シリーズと区別するためにC111-Iと呼ぶ)。

ボディスタイルは伝説の「300SL」のガルウイングドアに当時夢のパワーユニットとして、世界中のエンジニアが開発を進めていた3ローターエンジンを搭載した。その土台となるシャシー&ボディ設計がレーシングカーそのものであったC111-Iの最高出力は280psを発揮し、最高速260km/hに達した。

来場者はメルセデス・ベンツが世界に向けて公開した近未来的なこのスーパースポーツカーに群がり、驚きのあまり大いに沸き立った。当時のマスコミの間でも「メルセデス・ベンツはついにレースに復帰するのか?」、「いや、これは300SLの後継車なのだ」、「メルセデス・ベンツは市販車全てをロータリーエンジンに決意したのではないか?」と各議論が交わされた。

このフランクフルトモーターショー後も、C111-Iはロータリーエンジンの研究およびフロントサスペンションの先行開発用のテスト車両として使用された。

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