C111-III:空力を強化してディーゼルで9つの世界記録を樹立
メルセデス・ベンツは、伝統のさらなる速度記録挑戦に挑んだ。メルセデス・ベンツのエンジニアたちは、この5気筒ターボディーゼルエンジンを搭載する本格的なレコードブレイカー(速度記録車)を製作することにした。1977年3月末、ジンデルフィンゲンのスタイリストたちは、空力原理に基づいて設計された2シーターのデザイン開発プロセスを発表。ピーター・ファイアーのデザインが社内コンペティションで優勝した。そして、同年10月に速度記録挑戦のテスト車両として、2台の「C111-III」が製造された。
ボディは空気抵抗をかなり重視した新設計のボディとなり、飛行機の垂直尾翼状のフィンが取り付けられ、全長やホイールベースなどの寸法も変更された。過去のC111のモデルの面影は無くなったが、Cd値は0.157まで低減された。とくに、このC111-IIIのスタイリングには垂直に断ち落とされたテールエンドの処理など1984年に発表された「Eクラス/W124」に活かされた空力特性向上のヒントをみることができる。
パワーユニットは、当時市販された「300SD」に搭載されていた直列5気筒ターボディーゼルエンジンをベースに改良が施されて230psまでパワーアップしたが、シリンダーブロックなどの基本構造は市販の300SDのままであった。
そして、ついに1978年4月30日、イタリアのナルドサーキットで歴史的な記録が誕生した。ポール・フレール、グイード・モッホ、ハンス・リーボルト、それにリコ・シュタイネマンの4人のドライバーが駆るC111-IIIが連続12時間にわたるレコード走行において、見事に9つの世界記録を樹立したのであった。
さて、気になるC111-IIIが樹立した9つの世界記録とは、100km、100マイル(160.9km)、500km、500マイル(804.5km)、1000km、1000マイル(1609km)という6つの「距離速度記録」、そして1時間、6時間、12時間という3つの「時間速度記録」である。この9つの速度記録を、全て300km/hを軽くオーバーする速度で走り抜き、12時間を通しての平均速度もじつに314.463km/hであった。速度記録はピットストップなども含めて計算される平均速度なので、実際の走行スピード平均324~325km/hに達していた。
これらの記録はもちろん車両の種類、エンジン型式、排気量を問わない絶対的な速度記録であったが、さらに驚くべきことはC111-IIIに搭載されていたのが、なんと直列5気筒ターボディーゼルエンジンだったことである。また、シャシーもスリムなボディに合わせてスチ-ル製のプラットフォームこそ新開発されたものの、サスペンションは初期のC111-Iからほとんど変更する必要がなかったのも驚きである。エクステリアはガルウイングドア、ウインドスクリーン・ワイパーを装備し、インテリアはまるで市販モデルのごとく丁寧に造り込まれており、シートも2人分用意されていた。
メルセデス・ベンツの実験試作車・コンセプトとして、この速度記録挑戦の目的があくまで「ロードカーにおける空力の限界を見極めること」、そして「量産型ディーゼルエンジンの開発限界を知ること」ということが、このC111-IIIで最もよく象徴されたといえる。最初のクルマが完成したのは1977年10月で、これを練習車として精力的なテストが行われて、さらにもう1台のC111-IIIが完成した。この2台で、ついに1978年4月30日に世界記録が達成されたのであった。
C111-IV:ガソリンV8で最高速403.978キロを記録
C111-IIIの世界記録走行達成から1年後の1978年、C111-IIIをベースに「C111-IV」が1台製造された。さらなる空力性能向上のためにフロントスポイラーと飛行機の水平尾翼の2枚のリアウイング、垂直尾翼状の2枚のフィンが取り付けられた。エンジンは「SL」用の4.5L V型8気筒ガソリンエンジンをボアアップし、2基のKKK製ターボチャージャーで過給された4.8Lエンジンが搭載され、500psを発揮した。
1979年5月、イタリアのナルドサーキットの記録走行で最高速度は403.978km/hを記録した。とくに、このC111-IVはナルドサーキットの最高速度記録を更新し、ナルドサーキットで初めて400km/hの壁を突破した車両になった。
次回は、2023年にEVコンセプトカーとして復活したビジョン・ワンイレブンを紹介する。