アメリカを代表するソウル・スポーツカーの開祖
通常、クラシックカー&コレクターズカーのオークションは、美術品などに比べて大型の会場を必要とするせいか、通常ならば開催国およびその近隣諸国から複数の売り主を募り、一定の台数が集まったのちに開催となります。しかし、もしも売り主がひとりであっても出品する商品が充分に集まるならば、単独で大規模なオークションが開催されることもあります。さらには、入札希望者を1カ所に集める対面型ではなく、ネット上で取り引きするオンライン形式では、これからもっと多くの事例が見られる可能性もあるのです。今回は、そんなオンライン型オークションのひとつとして、歴史的なアメリカ車たちを集めたRMサザビーズ「The Ron and Sarah Jury Grand National Collection」オークションと、そこで出品された初代シボレー「コルベット」(通称C1)について、お伝えします。
最初からリアルスポーツではなかった? 初代コルベットについて
2024年10月31日から11月6日にかけて、RMサザビーズ北米本社がカンザス州カンザスシティを拠点としてオンライン形式で開催した「The Ron and Sarah Jury Grand National Collection」オークションは、アメリカの名門クラシックカー愛好家クラブ「AACA(Antique Automobile Club of America)」に長年所属し、同クラブのコンクール・デレガンス審査員としても尽力してきたロン&サラ・ジュリー夫妻のコレクションを販売するものとのこと。
約30台の出品車両のうち、14台が「AACAグランドナショナル」入賞車であり、2台が最高賞にあたる「ゼニス賞」にノミネートされた。つまり、モデルとしての歴史的価値にくわえて、コンディションも極上中の極上と認定されたクルマで構成された、珠玉のアメリカ車コレクションだったことになる。
いっぽう、今回のオークションに出品されたシボレー「コルベット」は、「C1」の愛称で知られる初代モデル。5代目「C5」あたりから現行の「C8」に至るまで、代を重ねるごとにリアル・スーパースポーツ志向を突き進んでいるコルベットながら、1953年の「モトラマ」オートショーでデビューし、翌年から本格的な生産に入ったC1は、150ps(SAE規格値)を発生する直列6気筒の3.9Lエンジンに2速オートマチックを組み合わせた、おとなしい「プロムナードカー」的パーソナルカーに過ぎなかった。
しかし1956年から1957年にかけて、レーシングドライバーとしても名を馳せていた名エンジニア、のちに「コルベットの父」とも呼ばれることになるゾーラ・アーカス=ダントフ技師の先見的貢献もあって、コルベットは真価を発揮し始める。1957年までに、彼はコルベットをルックスにふさわしい高性能スポーツカーへと変貌させたのだ。
この年のモデルは、1956年モデルと比較してわずかな改良にとどまったが、鮮やかなカラーリング、強化されたパワーブースト機構が与えられた。
しかしもっとも特筆すべきは、高出力のフューエルインジェクション・エンジンや4速マニュアルトランスミッションなど、スポーツカーとしての機能を高めるコンポーネンツがふんだんに奢られたことだった。
スペックは最高の1台ながら、売り手側には厳しい価格に……
2024年秋、RMサザビーズ「The Ron and Sarah Jury Grand National Collection」オークションに出品された「ポロ・ホワイト」の1957年式コルベットは、「フューリー(Fuelie)」の愛称で知られるフューエルインジェクション付きV8エンジン搭載車であることを示す「VEコード」を正規に有する1台。シボレーが誇る250ps(SAE)の燃料噴射つき283キュービックインチ(約4.6L)のスモールブロックV型8気筒エンジンを、67年前の新車時から搭載していたとのことである。
このクルマの生い立ちについてはほとんど知られていないが、ペンシルべニア州スクラントンの個人自動車博物館から、キーストーン州在住の愛好家仲間によって購入されたと伝えられており、彼はその後28年間にわたって大切に維持・保管してきたという。
このC1が愛情をもって整備されてきたことは、2017年にペンシルベニア州ウェストチェスターの「カウンティ・コルベット」社によって2万ドル以上の費用を投じて行われた整備を含む、数十年にわたる整備請求書からも明らかである。同社の大規模な作業項目には、難物として知られるロチェスター燃料噴射ユニットの完全なリビルドも含まれていた。
いっぽう、コルベットのポロ・ホワイトのエクステリアを引き立てているのは、印象的なレッドの内装と、ブラックのコンバーチブル・ソフトトップ。そして、ボディ同色とされたポロ・ホワイトの純正ハードトップがマッチしている。
室内には「ワンダーバー(Wonder Bar)」プッシュボタン式カーラジオ、ザックリとしたヤシ繊維で織られた赤い「ココ」フロアマット、ダッシュ上のバックミラー、革シボが施されたビニール内装などが装備され、そのアメリカンクラシック感横溢の魅力に貢献している。
オリジナリティを保持したままメンテナンスされてきた
しかしこの個体でなにより特筆すべきは、1957年モデルから追加され、マニアがもっとも切望する4速スティックシフト(マニュアル)トランスミッションが、新車の段階から組み合わされていたことであろう。
現在のコレクションに2021年からくわわったこのコルベットは、2024年に右ドアとフロントバンパーのバーを適切なアライメントに調整し、フロントシートやその他の付属品を改修・修理するなど、入念な手入れが施されている。
時代考証などお構いなしでセンスを疑うような改造が施されたり、「ガレージの女王」のごとく飾り物のように展示されたりしている多くのC1コルベットたちとは異なり、完璧なオリジナリティを保持したままメンテナンスされてきたこの個体は、さらなるドライブの楽しみのためにしっかり整備されており、RMサザビーズ公式ウェブカタログ内では「アメリカン・スポーツカーの真髄ともいえる希少で望ましいバージョンを所有する素晴らしい機会を提供させていただきました」という宣伝文句を添えて、8万5000ドル~10万ドル(当時のレートで約1292万円〜1520万円)というエスティメート(推定落札価格)が設定されていた。
ところが、10月31日の入札開始から1週間を経た11月6日になってもビッド(入札)は7万5900ドルまでしか上がらず、この時点で締め切り。現在のレートで日本円に換算すると、約1153万円で落札されることになったのだ。
ここ数年の1957年式C1コルベットのマーケットにおける相場を調べてみると、おおむね今回のエスティメートに近い価格帯で推移していることから比較すると、このオークションにおけるハンマープライスは、売り手にとっては不本意、落札者にとってはお買い得というものだったようだ。