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偶然の出会いで思い出した! 2013年のチンクエチェントへの想いは今と同じでした【週刊チンクエチェントVol.51】

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TEXT: 嶋田智之(SHIMADA Tomoyuki)  PHOTO: 嶋田智之(SHIMADA Tomoyuki)

ゆっくりスロウに走るのが心地よい

ようやく雨が上がって昼過ぎには空が高く青く晴れ渡ったから、それなのに暖かさだけはちっとも取り戻せていない晩秋の街へ、古いチンクエチェントで散歩に出る。

ちょっと考えて、まだ少し早いかとも思ったけれど、ダウンのコートを着込むことにした。だって、そもそも散歩は小さな旅だ。吹けば飛ぶようなクルマで行くのなら、なおのこと。望んでもいないのに、ときには冒険旅行の中にいるような気分にさせられることすらあるのだから。

散歩の相棒は、ただのクラシック・チンクエチェントではなく、プリマ・セーリエだ。1957年に発売されてから20年後に生産中止となるまでに400万台ほどが世に送り出された2代目フィアット500にあって、4000番台のシャシーナンバーを持つ、ごく初期のクルマである。

後ヒンジの前開きとなるドアに、開閉機構のないサイドウインドウ。代わりにリアウインドウのところまで大きく開くトップがある。今年は秋が短くて、綺麗に澄んだ秋空と触れ合う機会を逃すのはもったいないから、今日はそれを開け放ちたい気分なのだ。そうなるとヒーターなんてあってもなくても同じようなもの。気温がさらに冷え込んだら、さすがに寒かろう。だからグローヴまではまだ要らないにしても、ダウンのコートは備えあれば憂いなし。ジッパーとボタンをエアコン代わりにするのが最良の選択だ。

それにしても小さいな……と思う。長さは大人が僅か数歩で通過できる2970mm。幅は小学生が横たわったぐらいの1320mm。高さはちょっとしたスポーツクーペ並みに低い1335mm。4人乗りの自動車としては、これは360cc時代の日本の軽四輪と並んで間違いなくミニマムなサイズといえるだろう。ついでにいえばホイールベースは1840mmで、トレッドは前が1121mm、後ろは1135mm。その四角い枠よりもう少し小さな面積に、4人の乗員が収まることになる。

そんなふうに数字で考えると“チンクエチェントの車内はどれだけ狭いんだ?”と思うのだけど、実のところはそれほど窮屈さを感じない。薄っぺらなくせに妙に居心地がいいドライバーズシートに腰掛けてみると、たいして身体を捻らなくても助手席側のドアロックに手が届くし、四方八方見回してみれば狭いことに間違いはないのだけど、圧迫感というものがなく、そこにいるのが少しも嫌じゃない。むしろ隣に愛しい人が座っていたならときどき肩に腕を回したりしながら走りたいだとか、ヤロー4人パンパンに詰まってゲラゲラ笑いながらどこかへ行きたいだとか、いけないことも込みで明るく夢想してしまうような朗らかな気分にすらなる。

昔のイタリアの人達は、チンクエチェント・ベイビーという言葉が証明するようにこのクルマの中で愛を育んだり、家族や友達で車内を充満させたりしながら、自由に移動できる喜びをヌォーヴァ500で初めて満喫した。そうした歴史を知っているせいか、あるいはこれ以上はあり得ないほどミニマムな空間に身を置いた開き直りがそうさせるのか、妙に愉快な感覚なのだ。何とまぁ不思議な空間であることか。

そして──ポロロロポロロロ。

エンジンがアイドルしてるときのサウンドは、情けないほどにおっとりしている。この時代の空冷直列2気筒OHVは479ccで、たった13ps。性能的にもミニマムだ。けれど車体が500kg程度と軽いこともあって、意外や想像するより遥かにちゃんと前へ進む。ロー・ギアがショートだから後続車に急ブレーキをさせないよう距離をしっかり測って発進する必要はあるが、2速と3速はそれなりに伸びるので、一般道が法的速度+αくらいで流れている限り、ほどほどの回転で繋いでいっても、それに追いつくのはさほど困難なことじゃない。そこから先は意外なほどに粘っこいトルクに乗って、ニンマリできるくらいにはよく走ってくれる。嘘でも速いとはいえないけれど、絶望的というわけでもないのだ。

が、流れの速い道路に突入したときや真後ろに好戦的なクルマがついたときには、ちょっとばかり生命の危機じみたものを感じたりすることがないわけでもない。今の基準からすれば、ここ一発の加速力は控えめにいっても緩慢。ノンシンクロのギアを労るためにシフトを替えるにはダブルクラッチは必須だし、ギアを落とすときには注意深くエンジンの回転を合わせてあげる必要もある。そのうえ生まれた時代にしてもクルマ自体の作りにしても、抜群の直進性を見せてくれるような要素を持ってはいない。

そうしたクルマを綺麗にスムーズに走らせる行為には実にインテリジェンスな楽しみがあるにはあるのだが、それを味わってる場合じゃない。鼻先が軽くてホイールベースとトレッドのバランスがいいおかげで、コーナーは若干オーバーステア気味ながら気持ちよく素早く駆け抜けてくれるけど、それを楽しむ場面でもない。何せ軽自動車が戦車に見える。観光バスは壁のようにそびえている。大型トレーラーは大きな山が嵐を伴って猛烈な勢いで地滑りを起こしているようにすら感じられる。混雑した街中では小粒な車体を活かしてスイスイと進んでいける特技はあるけれど、こうした局面ではこのクルマが、そして人間というヤツが、どれほどちっぽけな存在かということを思い知らされたりすることもある。

それでもこんなナリだからか、まずホーンを浴びせられることはない。クルマもヒトも愛嬌が大切なのであり、誰かに優しくされたら別の誰かにも優しくできる自分であろう、などと頭の片隅で考える。その横を次々に様々な乗り物が追い越していく。大きなクルマは特に勢いがいい。いつもの自分はきっとそちら側。強さを満喫したいのだ。このちっぽけなクルマには、そんな能力はない。このクルマなりに、大抵はのんびり行くしかない。

でも、それでいいと思うのだ。例えば740psのフェラーリで通りかかったときには橙と赤の走破線にしか見えなかった風景が、このクルマで得られる速度域では、1枚1枚の葉っぱが織り成す模様であることが判る。橙にも赤にも黄にも、そして今の季節では分が悪い緑にも、色々な種類があることにだって気がつく。その彩りは豊穣で、温もりに満ちている。次第に自分の気持ちが穏やかに癒えていく。そこは大きくて速いクルマでは軽々と飛び越してしまいがちだけど、小さくてゆるやかに走るのがちょうどいいクルマであればこそ、自然に到達できる領域なのだ。ミニマムだからこそ得られるゆとり、といっていいかも知れない。

考えてみると、きっと僕達にはどこか生き急いでいるようなところがある。見栄を切らなきゃならないときだってある。そういうのってちょっとばかりストレスだよな、なんて感じてる自分がいる。スロウな暮らしを送るような贅沢はなかなかできないけれど、でも、クルマで走るときぐらいは許されてもいいんじゃないか?

散歩の帰り道。冬の到来を思わせる空気に身体を撫で上げられながら、小さなカプセルのようなクルマをのんびりと──でも一生懸命に──走らせて、僕はそんなふうに感じていた。

* * *

そうなのだ。もちろん姿カタチも好きだけど、何より僕はチンクエチェントのこういう部分に惚れてるのだな、とあらためて認識させられた。18ps──ゴブジ号は500Lなので──の中の0.1psすら無駄にしないよう細心の注意を払いながら全開で飛ばして走る──けどスピード違反の領域にはまず入れない──のも、なかなか楽しいのだけどね。ゆっくりスロウに走るのが心地よいクルマなんて、そうそうあるもんでもないのだ。その“ゆっくりスロウ”が、実はかなり心に効くのである。

そんなことを考えるでもなく考えながら、僕はその晩、またしてもお気に入りのラーメン屋さんにゴブジ号を走らせた。心の片隅で“オーバーホールが終わってトラブル出しがもう少し進んだら、河西さんに乗ってもらわないとな”なんてチラと思いつつ。

……そうそう。一風変わった企画モノがおもしろかったNAVI CARSは先述のとおり休刊となってしまってるのだけど、Fujisan.co.jpを通じてバックナンバーを購入することはできるみたい。しかも、紙も電子もどちらも用意されている。

何だか懐古の回みたいになっちゃったけど、この号の“ちいさいクルマ”特集、かなりおもしろいので、ぜひとも御賞味あれ。

Fujisan.co.jp

>>新型600eの情報満載! フィアット&アバルト専門誌「FIAT & ABARTH fan-BOOK」vol.09発売中(外部サイト)

■協力:チンクエチェント博物館
https://museo500.com

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  • 嶋田智之(SHIMADA Tomoyuki)
  • 嶋田智之(SHIMADA Tomoyuki)
  • 『Tipo』の編集長を長く務め、スーパーカー雑誌の『ROSSO』やフェラーリ専門誌『Scuderia』の総編集長を歴任した後に独立。クルマとヒトを柱に据え、2011年からフリーランスのライター、エディターとして活動を開始。自動車専門誌、一般誌、Webなどに寄稿するとともに、イベントやラジオ番組などではトークのゲストとして、クルマの楽しさを、ときにマニアックに、ときに解りやすく語る。走らせたことのある車種の多さでは自動車メディア業界でも屈指の存在であり、また欧州を中心とした海外取材の経験も豊富。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
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