見事に近未来のホットハッチを現出せしめた
お手頃さと特別感、気前のいいパフォーマンスを備える“ホットハッチ”を、BEVで再現した「アルピーヌ A290」にスペイン・マヨルカ島で試乗してきました。「A110」にも通じるその走りには、あらゆる答えが詰まっています。
電動化はフロントヘビーからホットハッチを開放する
ホットハッチと聞いて、どれどれと脊髄反射的にふり向いてしまうのは、昭和晩期〜平成初期のクルマ好きヤングの性ではある。BEV(バッテリー電気自動車)に対する心理的な距離や壁が何となくあるのも、お手頃さと特別感、そして気前のいいパフォーマンスという、三拍子揃った原体験が強烈だったためといえる。そんなエクスペリエンスを微積分ライクに煎じ詰めれば、実用車プラスアルファのちょい足し感でも、こまっしゃくれた佇まいにフィールグッドな走り、といったエレメントに集約できるのではないだろうか。
これを今日的な要件とインダストリアル体制、つまり法規と産業構造の中でBEVとして再現せしめた1台が、アルピーヌ「A290」なのだ。スペイン・マヨルカ島で行われた試乗会に参加して、まずもって驚かされたのは、プロダクト開発リーダーとローンチ&製品サイクル担当マネージャーにエンジニアらまで、見たところ30代が中心であろう若いチームであること。
シャシーは「スポール・アルピーヌ」と呼ばれる
一方で、開発ドライバーとして一連の「A110」を手がけたダヴィッド・プラシュ氏など馴染みの顔もサーキット試乗の場で解説を担当していて、若いアイデアと熟練の経験がリソースとして、新生アルピーヌと旧ルノー・スポールの間で巧みに溶け合っていることが察せられた。
車体自体は、欧州で同時期に発売されたルノー「5(サンク) E-テック」と同じ「AmpRスモール」に基づくが、開発チームはA290の方はよりアジリティ&ファンに最適化された「スケートボード・プラットフォーム」で、バッテリー容量もひとまず共通の52Kwhで、フロア下に収められてボディ剛性を兼ねる点もまったく同じ。1823mmの全幅と2534mmのホイールベースはわずかながら5 E-テックよりワイドで短く、横ノリ系の電動プラットフォームといえる。
このシャシーは「スポール・アルピーヌ」と呼ばれ、フロントのサブフレームからホイールハブはアルミニウム製の専用仕立て。フロント側のサスペンションにはダンパー・イン・ダンパー、そしてリア側はマルチリンク式が奢られ、組み合わされるホイール&タイヤは19インチ、ミシュランと専用開発によるパイロットスポーツS5だ。A110と同じブレンボのモノブロック4キャリパーをフロントに装備し、重量は1479kg(EU発表値)となる。
57 : 43という前後重量配分を実現
今回試乗したのはトップグレードの「A290 GTS」で、駆動モーターのスペックは220ps(160kW)/300Nm、前2輪を駆動するが、従来のICEのFFの宿痾を克服している。それはホイールベース内のフロアにバッテリーを収めたことで、57 : 43という前後重量配分を実現し、静的バランスごとホットハッチ=フロントヘビーのきらいを大きく改善したのだ。
ドライバーズシートに乗り込む際にも、A290の特徴がにじみ出る。ホットハッチというからにはハッチバックのはずだし、往年の「5 アルピーヌ」を彷彿させる外観だが、サイドシルがなかなかに高く、乗降性に差し支えるほどではないが、脚をもち上げて乗り込む感覚がある。これはもちろん剛性を兼ねるバッテリーを積むせいで、着座してからの視界もSUV未満だが明らかに一般のハッチバックより高い。昔ながらのルノーもしくはルノー・アルピーヌに共通する高めのアイポイントと周囲を広く見渡せる眺めは、どこか懐かしくもある。
しかしインテリアの質感は高く、素材やデザインも高品位で、令和らしさ全開だ。メーターパネルからドライバー側に少しチルトした10.1インチのセンターディスプレイ、そしてA110と共通するシフトコンソール上のRNDボタンは先進的な印象を与える。
一方で3本スポークステアリングから前後シート、そしてセンターコンソールまで覆ったブルーとホワイトのツートーンによるナッパレザーは、ホットハッチというより古典的なGTカーのコードを踏襲しているようだ。さらにステアリングスポークの上には、26ものADAS機能を擁するレベル2の運転支援システムのコマンドが配されている。スポーティな走りだけでなく、日常的な使い勝手の面でもガマンのない装備内容なのだ。
ちなみに荷室容量はオーディオシステムの装着/非装着に左右され300L/326Lと変化するが、サブウーファーを含め9つのスピーカーと、A290独自にして専用のデジタルプロセッサー技術を長年かけて開発したというドゥヴィアレ(フランスのハイエンド音響メーカー)のそれは、詳細は後述するが一聴の価値がある。
A110にも通じる走りの“近未来ホットハッチ”
0-100km/hは6.4秒、最大航続距離はWLTCモードで約380kmと、決して速くもアシが長くも見えないかもしれない。だがA290は加速Gやロングレンジで背伸びしたがるBEVではない。アクセルペダルの踏み込みに応じて加速Gと速度が自然に伸びていくような、アナログ風で右足裏にツキのいい加速フィールだ。
長すぎないペダル・ストロークと鈍過ぎないレスポンスは、微妙なアクセルワークを許容する操縦性重視の表れでもある。逆にステアリングホイール上にあるOV(オーバーテイク)ボタンを長押しすると、電気ならではの下支え加速が急に加わり、メーターディスプレイ上のアニメーションと相まって、まるでワープするかのような力強く未来的な加速が味わえる。どちらもこなせる懐深さをもち合わせているのだ。
しかもレイアウトも駆動方式も異なるのに、素直にノーズがインに切れ込むアンダーステア知らずのハンドリングで、ドライバーのヒップポイントすぐ傍に重心がある感覚は、A110に通じている。ただ水平に速く動くのではなく、積極的な荷重移動によって4輪の接地面そして姿勢変化をたっぷり感じながら、そのプロセスを能動的に楽しめるのだ。
進入時のアクセルオフで、積極的にテールを流すこともできる
全長3990mm×全幅1823mm×全高1512mmと決して車高は低くないが、低重心にして適度なロール感がある。さらには進入時のアクセルオフで、積極的にテールを流すこともできるが、フロントの舵の効きと駆動力オンでの収まりもいい。タイムを稼がせる以上に、操ることに集中させるタイプで、中高速コーナーでのスタビリティから低速コーナーでの素直なターンインまで、一貫性あるフィールに仕上がっている。
加えて、A290 GTSの走りがフィールグッドなものに仕上がっているのは、聴覚面でのデバイスが大きい。それが「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」と呼ばれるドゥヴィアレのオーディオシステムに組み込まれた機能だ。インフォテイメント内の設定画面で、「アルピーヌ」か「オルタナティブ」という、2種類の音色・トーンを選ぶ限り、使い勝手はサウンドジェネレーターの一種だ。
ところがBEVでよくあるV8やらV10やら疑似音のエキゾーストノートをかぶせたシステムとは、本質的に異なる。わざわざ電気モーターの駆動音をサンプリングして信号に変換し、アンプで加減速に応じて増幅しては車内のスピーカーで再生する、というのが、その中身であり仕組みだ。
コーチング機能やチャレンジ機能も備わる
なぜこんな凝ったことをするかといえば、単にドライビングにはエンジン音に似た音がすればいいのではなく、電気モーター・パワートレインの反応/リアクティビティを、純粋にドライビングの一部としてドライバーの聴覚に届けるため。要はオーディオを介して変換しているとはいえウソのない音を、タービン音のようで耳障りな高周波ではないギュイーンとかヴォーンといった音を、適度なボリューム感で車内に響かせられるのだ。無味無音の無機質な環境ではドライビング操作に没頭するのは難しく、耳から入る情報がリズムやビート感となって作用するのは言うまでもない。
実際、ステアリングスポークの左右に据えられたドライブモードやRCH(リチャージ)ダイヤルを回して、加速時の負荷や制動時の回生減速の強さを変えると、それらが音色の変化となって表れてくる。しかもA290にはビデオゲーム感覚でトライできるコーチング機能やチャレンジ機能といった、中にはクローズドコースで実行すべきドライビングレッスン的なプログラムもインフォテイメントに含まれている。
BEVでもかくして繊細なドライビングを楽しめることに、見方や感覚が変わるというか、新しい体験の糸口が開かれるのだ。それは食わず嫌いだった食材に、想像していなかった味を発見して、クセになることに少し似ている。ホットハッチとBEV化というただ付け合わせるだけでは相容れないテーマを、アルピーヌA290はエクスペリエンスを軸に繋ぐことで、見事に近未来のホットハッチを現出せしめた。