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はじめて「SRSエアバッグ」を実用化したメルセデス・ベンツはなぜ特許を無償公開した?「技術革新による安全性」の歴史を紐解きます

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TEXT: 妻谷裕二(TSUMATANI Hiroji)  PHOTO: Mercedes-Benz AG/妻谷コレクション(TSUMATANI Collection)

  • SRSエアバッグは「Supplemental Restraint Systemの略=乗員保護補助装置」で、シートベルト装着を条件にその効果を発揮する
  • SRSエアバッグは「Supplemental Restraint Systemの略=乗員保護補助装置」で、シートベルト装着を条件にその効果を発揮する
  • ステアリングのSRSエアバッグは、正面衝突時に乗員の頭と上半身を緩衝することでシートベルトを補い、重傷を防ぐ。写真はそのテスト風景
  • 1971年10月23日に当時のダイムラー・ベンツ社はこのSRSエアバッグを「車両乗員用保護装置」として、特許を取得した(特許番号:DE 2152902 C2)。写真はその特許証
  • 1980年Sクラス/W126の体系的な乗員保護。図は共有センサー信号によりSRSエアバッグとシートベルトテンショナーの機能を示している
  • ステアリングホイールのSRSエアバッグ断面図。折りたたまれたエアバッグ(白)は、推進剤チャージの上に見える。写真は1992年
  • 特筆すべきは、開発エンジニアたちがエアバッグの安全機能を自分たちでテストすることで確信したことである。写真は各データ機材を取り付け走行テスト中
  • 特筆すべきは、開発エンジニアたちがエアバッグの安全機能を自分たちでテストすることで確信したことである。写真はSRSエアバッグの展開
  • 1980年12月、世界最初の運転席SRSエアバッグと助手席ベルトテンショナーを搭載した量産モデルのSクラス/W126が生産ラインオフ
  • 現在、SRSエアバッグ自体の開発にも、コンピュータシミュレーションによるクラッシュ計算プログラムが活用されている。写真は2005年
  • 1987年9月に量産車Sクラス/W126の助手席SRSエアバッグを世界で最初に搭載(当初はグローブボックス内)
  • 2001年、側面衝突の対策として、頭部・胸部を保護するために開発されたSRSヘッドソラックス・サイドバッグがSLクラスに装備された
  • 2005年のSクラス/W221に装備された「アダプティブエアバッグ」のガス発生器は、事故の程度に応じて2段階で展開され、安全哲学のプロセーフの一部を形成。写真は全開
  • オールランドの乗員保護:2005年のSクラス/W221は、アダプティブエアバッグ2つ、サイドバッグ4つ、ウインドウバッグ2つの合計8つのエアバッグが装備。写真は2005年
  • 2020年のSクラス/W223には、後部座席の乗員保護の革新的なSRSリアエアバッグが装備。特に、この新しいSRSリアエアバッグは、チューブラ構造を採用した全く新しいインフレーションコンセプトを採用し、初めてアウターリアシートのフロントエアバッグを展開するように設計
  • 最新のラグジュアリークラス初の電気自動車、EQSにも、全方位の幅広いSRSエアバッグの安全システムを装備している
  • メルセデス・ベンツは1969年には、正面衝突テストで最初のエアバッグテストを実施。写真はそのテスト風景
  • SRSエアバッグの展開。衝撃の最初から0.03以内に完全に膨らんでから、乗員を受け止める時に衝撃を与えないように速やかにしぼまなければならない
  • 2020年のSクラス/W223には、後部座席の乗員保護の革新的なSRSリアエアバッグが装備。特に、この新しいSRSリアエアバッグは、チューブラ構造を採用した全く新しいインフレーションコンセプトを採用し、初めてアウターリアシートのフロントエアバッグを展開するように設計
  • 厳格な衝突テストの結果、エアバッグは前方からの衝撃を感知してから0.03秒以内に展開しなければ効果がないことが明らかになった

メルセデス・ベンツSRSエアバッグ開発の58年史

現在では多くの乗用車に標準装備されている「SRSエアバッグ」ですが、今日のスタイルになるまでには長い年月を要しました。今回は、メルセデス・ベンツがこのSRSエアバッグの開発を1967年にスタートしてから2025年現在まで、58年にも及ぶ挑戦の歴史にスポットを当て紹介していきましょう。

前人未到のSRSエアバッグという分野に1967年から着手

SRSエアバッグはステアリングの中央に鎮座する。ドライバーとしてできれば顔を合わせたくないこの沈黙のSRSエアバッグ安全装置は、メルセデス・ベンツが開発に13年の歳月をかけた。SRSとは「Supplemental Restraint System(乗員保護補助装置)」の略で、その名のとおり、シートベルト装着を条件にその効果を発揮する。つまり、まずシートベルト装着ありきで、SRSエアバッグはあくまで乗員を保護する補助装置である。

シートベルトの進化、とくにシートベルトテンショナーの開発によって、万一の衝突時に乗員が受けるダメージを大幅に軽減することが可能になった。しかし、メルセデス・ベンツはこれだけでは満足できなかった。なぜなら、実際の事故調査を重ねていくうちに、シートベルトの乗員保護性能を助けるためのさらなる安全装置の開発が必要だと考えたからだ。1967年、メルセデス・ベンツはエアバッグの開発という、まるで手がかりのない前人未踏の分野に踏み出した。

1971年10月23日に当時のダイムラー・ベンツ社はこのSRSエアバッグを「車両乗員用保護装置」として、特許を取得した(特許番号:DE 2152902 C2)。1967年の開発から13年の歳月をかけ、ついに1980年12月、世界で初めて量産車「Sクラス/W126」に搭載した。そして、2025年現在で58年の年月が経過する。

アメリカでは諦められたエアバッグ開発をメルセデスは推進

このSRSエアバッグを開発・誕生させたメルセデス・ベンツの技術者たちの挑戦は、言葉では「凄い」のひと言であるが、並大抵のことでは実現できなかったといえる。

衝突すると膨らむ風船をハンドルの中に埋め込み、それで乗員を保護するという考え自体は、1951年10月にドイツ人の発明家ヴァルター・リンデラー(Walter Linderer)が特許申請したものに起因する。当時の人には非常に突飛に映り、とても受け入れられないもであった。しかし、メルセデス・ベンツは早くからその可能性に着目し、1967年に開発責任者のグントラム・フーバー(Guntram Huber)教授を中心とした小人数の精鋭技術者によるエアバッグ専門の開発チームを結成し、研究をスタートした。

シートベルトの装着率が著しく低かったアメリカでは、1969年の安全法令で自動抑制装置の装着義務化が決定され、関係者はエアバッグの採用に傾注した。しかし、一方で「でかい枕が時速60km/hで顔にぶつかれば、助かる数よりもエアバッグで命を落とす数の方が多い」という批判もおこり、法令の実施は2度にわたって延期。そして1981年、安全性への疑問から廃止案となった。

それでも、メルセデス・ベンツのエアバッグに対する信念は揺るぎなく、さらに研究を加速させた。当時、エアバッグの開発には作動速度、有害ガスの発生、バッグの耐久性、爆発音による人体の影響、誤作動など、まだまだ深刻な問題が山積しており、開発責任者のグントラム・フーバー教授は「問題の全てはこれまで経験したことのないもので、開発はゼロからの出発だった」と振り返っている。

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