「走る資料」として今後も走り続ける
まるでワークスマシンのようなホワイト×ブルーのカラーリングをまとった「ハコスカGT-Rは」、故・高橋国光さんが乗った50勝記念車を再現した1台です。レプリカモデルとはいえ高橋国光さん自身もその出来栄えを認めた1台で、数々のモータースポーツイベントでステアリングを握ったことでも広く知られています。そんなマシンの詳細をお伝えします。
1972年富士300キロ スピードレース仕様を再現
「去年も乗らせてもらいましたが、クルマの調子は今年もメッチャいい! 1年に一度、箱車の祭典の開催日を“国さんの日”にしちゃってもいいんじゃないかな」
そのように話してくれたのは、ドリキンの愛称で知られる元レーシングドライバーの土屋圭市さんで、故・高橋国光さんを師として敬愛し、愛息の名前を国光にしたことでも有名だ。
国さんへの追悼ランとしてコースインした箱車の祭典2023に続き、2024年の同イベントでも土屋さんが走らせた日産「スカイライン 2000GT-R」は、1972年式をベースとし、ハコスカ専門店のVICTORY50(内田モーターワークス)代表の内田幸輝さんが製作した珠玉のレプリカモデル。
国さんがドライブしたオリジナルモデル(ゼッケン15番の日産ワークスGT-R)は、1972年3月20日に富士スピードウェイで開催された富士300キロ スピードレース/スーパーツーリングで、季節外れの豪雨と強風が吹き荒れ、レース時間が短縮されるという嵐の中、全車を周回遅れにしてチェッカーフラッグを受けた伝説のマシンだ。このときの勝利が公認レースにおけるスカイラインGT-Rの50勝目となった。
「ハコスカと国さんのことが好き過ぎて、スカイラインGT-Rの50勝記念車を1980年代に製作。国さんと初めて会ったのは1999年のことで、引退式典のときに私が製作した50勝記念車をドライブし、富士スピードウェイの50周年イベントのときもハコスカの50勝記念車で祝いたい、と再び乗ってくれました。今年も土屋さんが乗ってくれたので嬉しいですね」
そのように語ってくれた内田さんによると、高橋国光さんが現役の日産ワークスレーシングドライバーとしてつねに最新スペックのスカイラインGT-Rに乗っていた頃からテレビで観ていたそうで、その後、実際に会った国さんは人としてもドライバーとしても大変尊敬できたのだという。
中身まで徹底的に造り込んでいる
内田さんが製作したスカイラインGT-Rの50勝記念車のスゴイところは、見た目だけではなく、中身まで徹底的に造り込んでいる点だ。
「この50勝記念車はJCCAで実際にモータースポーツをやっていたので、トランスミッションは直結5速のクロス、カムはレーシング仕様で、サイドマフラーは直管です。筑波、富士、鈴鹿ではサーキットのコース設定が異なるので、毎回デフを交換するなど、セッティングを変更して本気で走っています。安全装備もしっかりしており、つねに国さんがドライブする1週間前から各部を調整していたので、安心して飛ばしてくれました。神様である国さんが、まさか50勝記念車に乗ってくれるとは夢にも思いませんでしたね」
という内田さんは以前、
「国さんの功績を後世に遺したい、国産車の素晴らしさや歴史を知ってもらいたい、マフラーからイイ音がして気にしてもらって、若い人たちにこのクルマは何? というところから入ってもらって、ベテランには懐かしいな、と思ってもらえればいい」
とも語っていたが、箱車の祭典2024においてもスカイラインGT-Rの50勝記念車は老若男女問わず大人気で、土屋さんのドライブで富士スピードウェイを全開走行するS20エンジンの豪快なエキゾーストノートを天国の国さんに届けることができた。
当時のレーシングカーはヘッドライトが外され、代わりにレーシングジャケットと呼ばれる樹脂製のカバーが装着されていたが、これが当時の若者の憧れとなり、ドレスアップパーツのひとつとして人気だった。内田さんが製作したスカイラインGT-Rの50勝記念車は、そういったエピソードを伝える「走る資料」としても活躍している。