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女性オーナーが新車購入して23年19万キロ! 毎日使い込まれたフィアット「パンダ」の味とは?…車の楽しさの真髄を再確認【旧車ソムリエ】

フィアット パンダ ヤング:正確かつナチュラルなノンパワーのステアリングは「カーブを曲がる」という単純な行為すらも楽しいものとしてくれる

2002年式 フィアット パンダ ヤング

「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回は、巨匠ジョルジェット・ジウジアーロ氏の最高傑作にして、ヤングタイマー時代における小型実用車のマスターピースとしても知られるフィアット初代「パンダ」を俎上に載せ、そのあらましとドライブフィールについてお伝えします。

自動車史上もっとも偉大なベーシックカー!?

近年では「ヤングタイマー・クラシック」という呼び名がすっかり定着した感のある前世紀末のクルマのなかで、自動車史上もっとも偉大なモデルは何か? という壮大な質問を受けることがあるならば、筆者は迷いつつも「フィアット初代パンダ」と答えるだろう。

第二次大戦終結後から作られた欧州のベーシックカー、例えばフォルクスワーゲン「ビートル(タイプ1)」や初代「ミニ」、シトロエン「2CV」。あるいはパンダの祖先にあたるフィアット「500」などは、単に簡素なだけでなく輝くような独創性を持ち、それぞれの時代とお国柄を見事に体現。今なお世界中のファンに敬愛されている。パンダは、そんな素晴らしき時代の最後を飾る1台だからである。

1979年11月に発表。翌1980年2月から生産開始されたフィアット パンダは、戦後イタリアの国民車となった「ヌォーヴァ500」とその流れを組む「126」に代わって、フィアットのボトムレンジを担当することになったモデル。コストを徹底的に抑えるかたわら、さまざまなアイデアを駆使して極めて魅力的なベーシックカーに仕立てられていた。

ジウジアーロの最高傑作! フィアット・パンダとは?

パンダでは「イタルデザイン」社のジェルジェット・ジウジアーロ氏が、ボディ/インテリアのデザインだけでなく、基本コンセプトの立案からエンジニアリングに至るまで深く関与。エクステリアでは、すでにカーブドガラスが常識となっていた1970年代末にあって、ウインドスクリーンを含めてすべて平面ガラスを採用。ボディも一切の曲面を排し、機能美さえ漂う平面パネルだけで構成した。

いっぽうインテリアも、とくに最初期モデルのみの特徴ながら取り外し自由なハンモックシートと、そのデザインを応用したダッシュボード全幅にわたる大きな棚。左右に可動する灰皿など、実用的かつ魅力的なアイデアに満ちあふれるとともに、いかにもイタリアらしい洒脱なテキスタイルを巧みに使用。決して高級ではないが、極めてセンスに優れていた。

前輪を駆動するエンジンは、元来RRの126用ユニットを拡大、FFに転用した縦置き空冷直列2気筒OHV・652ccと、こちらも「127」から流用された横置き水冷直列4気筒OHV・903ccの2本立てでスタート。1986年からはフィアットの新世代エンジン、769ccから999ccに至る「ファイア(FIRE)」SOHCユニットへとスイッチされる。

その後も、燃料噴射化や1108ccへの拡大などが随時行われていったが、生産末期の2001年には、一部市場で併売されていたOHVの旧型ユニットや小排気量FIREはすべてラインアップから消え、1108cc+インジェクション仕様に一本化された。

ジェルジェット・ジウジアーロ氏は、のちに自身の最高傑作と称されることになるパンダで「現代のシトロエン2CV」を目指したといわれる。しかしパンダは、もはやお手本とした2CVに勝るとも劣らない存在として認知。2002年11月をもって生産を終えるまで、長らく高い商品力と人気を保ち続けたのだ。

イタリア映画に出てきそうなパンダとドライブ

今回の取材にご提供いただいた、白い2002年式フィアット パンダ「ヤング(Young)」と初めて対面したのは、この取材日の前日。愛知県の知多半島、内海海岸で開催された大型ミーティング「チッタ ミラマーレ」会場でのことだった。

このイベントの主催者である「チンクエチェント博物館」が新車として並行輸入したのち、現在も所有中の女性オーナー、Y.M.さんが日常使いのクルマとして23年間・約19万kmにわたって愛用してきたという1台。ボディに目立った腐食などはないものの、塗装はクリアコートが褪せてマットに近い状態にある。

また、ホイールの塗装も剥げ、室内もほころびや剥がれが散見されるなど、日本の常識からすればかなりボロボロな個体ながら、これがなんともイイ雰囲気を醸し出しているのだ。そして、南イタリアの田舎の街角や、あるいはちょっと旧いイタリア映画でひっそりと背景の一部になっていそうな独特の「空気感」に筆者自身が打ちのめされるように魅了されてしまったことから、ぜひにと試乗・取材をお願いした次第である。

ところで前輪駆動版のパンダでは、1991年からは富士重工から供給されるECVTを組み合わせた「セレクタ」も設定されたが、この個体はスタンダードのマニュアル仕様。2002年式ということで、エンジンはファイア1100+インジェクションとなる。いっぽう「ヤング」仕様とは、ちょっとだけ豪華に仕立てた「ホビー(Hobby)」仕様とともに、イタリア市場で販売されていたモデル。その名のとおり若年層の需要にこたえ、初期型「プリマ・セリア」を思わせるシンプルな仕立てとしたベーシックバージョンとのことである。

徹底的に使い込まれたパンダは、それでもドライビングを楽しめる……?

さて、最近ではステアリングを握る機会もめっきり少なくなってしまった初代パンダながら、相変わらずの清々しいフィーリングには感動を禁じ得ない。額面上のパワーはわずか54psに過ぎないファイアエンジンは、回転を一定以上に保っておかないと充分なトルクを発生してくれないことから、小まめなシフトチェンジが必要。しかもタコメーターが無いので、変速タイミングは自分の耳で判断せねばならない。

またパワーステアリングの備えがないうえに、サスペンションのセッティングが柔らかめなせいか、コーナーリング時のロールも過大。絶対的なスピードレンジが低いわりには、アンダーステアが出やすい。しかも、1100cc版でようやく標準装備化されたブレーキサーボの効きも最小限なことから、あらゆる場面で繊細かつ力技が要求される。

ところが、普通のクルマであればマイナス要素となりかねないこれらの特質が、ことフィアット パンダではドライバーに無類の楽しさをもたらすのも、また紛れもない事実といわねばなるまい。マルチポイント式のインジェクションを装備した4気筒エンジンは、古き良きキャブレターつきエンジンをわずかながらでも連想させる吸気音とレスポンスで、乗り手を鼓舞してくれる。ギア比はさほどクイックでなくとも、正確かつナチュラルなノンパワーのステアリングは「カーブを曲がる」という単純な行為すらも楽しいものとしてくれる。

欧州製の傑作ベーシックカーたちは、例外なく運転しても楽しいというのは、それらのクルマに触れた多くのドライバーが言うことでもある。そんな中にあっても、生来が走りのイタリア車であるフィアット パンダには「クルマの楽しさ」の真髄を再認識させるだけの素養が感じられる。絶対的な速さやスポーティなフィールだけが「ドライビング・ファン」の基準ではないことを、いま一度教えられた気がする。

そしてこの個体。ひとりの女性ドライバーが23年間と19万kmを日常ツールとして使い切り、これからも愛用し続けてゆくであろう1台が、今でも実用車として機能しているという一点についても、フィアット初代パンダの素晴らしさを再確認できたのである。

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