世界で唯一の手作業による製造拠点
英国ウェスト・サセックス州グッドウッドにあるロールス・ロイスの本社は、手作業で製造される世界で唯一の場所です。1台のクルマを製造するには600時間以上を要し、複雑な場合は4年を要することもあります。今回はロールス・ロイスのクラフツマンシップについて4回のシリーズに分けて紹介します。初回はボディをペイントするエクステリア・サーフェス・センターです。
職人が織りなすビスポーク・コレクティブの挑戦
ロールス・ロイス本社では、世界トップクラスの職人たちが、豊富な経験と卓越した技術、創造性、そして細部へのこだわりをもって業務にあたっている。職人たちは、ブランドのビスポークデザイナーやエンジニアとともに、「ビスポーク・コレクティブ」と呼ばれるチームを構成しており、常に完璧を追求しながら、顧客の夢を現実のものとしている。この才能と情熱にあふれた集団を導くのは、ブランドの共同創設者であるヘンリー・ロイス卿の有名な言葉である。
「何事においても完璧を目指せ。存在する最良のものを取り入れ、それをさらに良くする。そして、存在しないものはデザインする」
この精神に基づき、職人たちは顧客一人ひとりにとって深く個人的で、意味があり、感情に響く1台を創り出している。
顧客の想いを色で表現
すべてのロールス・ロイスは、エクステリア・サーフェス・センターで製造工程がはじまる。顧客は、4万4000色以上のカラーパレットから外装色を選択することができ、希望する色が存在しない場合は、ビスポーク・コレクティブが新たに専用カラーを開発し、そのカラーは顧客のためだけに保管される。
同センターの専門家によれば、これまでに顧客のお気に入りの花、愛するペットの瞳、貴重な宝石、アンティーク品などをインスピレーションとしたカラーが開発されたこともある。また、オーロラや宇宙、特定の海、さらには世界各地の動植物をモチーフとした、個人的な意味を持つ虹色の仕上げも存在する。
こうして誕生したオーダーメイドカラーは、しばしば顧客が所有する他の貴重品にも影響を与える。なかには、自身のロールス・ロイスと同じ色合いに合わせるため、ヨットやプライベートジェットの塗装を依頼する顧客も存在する。
唯一無二の外装を描く手仕事
塗装の種類によっては、仕上げに最大20層ものラッカーを重ねる必要がある。たとえばピアノ仕上げを実現するには、ボディ全体を4時間以上かけて手作業で磨き上げる。厳選されたカラーには虹色に輝くクリスタルラッカーを施すことも可能であり、色彩にさらなる深みと光沢を加える。
ボンネットにはオリジナルのアートワークを描くことができ、また、熟練職人による手描きのコーチラインを追加することも可能である。コーチラインは天然素材の細筆を使用して描かれ、「ファントム」「カリナン」「ゴースト」においてはその幅が正確に3mm、「スペクター」においてはプロポーションの都合上4mmとなっている。
さらに、花や家紋、幾何学模様など、独自のアートワークをモチーフとしたユニークなコーチラインも追加可能であり、顧客の個性をクルマに反映させる手段のひとつとなっている。
AMWノミカタ
ロールス・ロイスはビスポークモデルの生産能力を強化するために現在本社施設の拡張工事を行っているが、これには塗装工場となるエクステリア・サーフェス・センターも含まれる。ビスポークオーダーを受ける際に、最もわかりやすく変化をつけられるのは外装色なので、塗装施設を充実させるのは当然の成り行きであろう。
気になる数字がいくつかある。これまでも同社は顧客から受けた特別色の配合はカラーパレットとして保管していると聞いていたが、その数が4万4000色もあるという。120年の歴史の中で積み上がったこれだけのカラーバリエーションは再び発注されるときのために備えて保管しているのだろうが、それは顧客との信頼関係の深さを表す数である。
また、最大で20層ものラッカーが塗られるという話も同社が普通の車でないことを象徴するストーリーである。そしてスペクターのコーチラインの太さを1mm変えているという事実はロイス卿の「最良の物をさらに良くする」という哲学に拠るものだと感じる。なぜラインの太さが3mmではだめで4mmにしなければならなかったか、そこには多くの議論があったであろう。このような細部にまでいたる議論こそがロールス・ロイスであるための、そして歴史を重ねてゆくための重要なプロセスなのだと感じる。