皇居一周妄想インプレッション!?
AMW編集部員が気になる1台をリレー形式でインプレッション。撮影も編集者自らが行うことが前提となっている当企画のオーラスを担当するのは編集長西山なのですが、忙しすぎてキチンとインプレッションする暇がないため、ついに編集部の目と鼻の先にある皇居一周妄想インプレという暴挙に出ました。
ドライブは深夜の都心でも楽しめる
雑誌編集者という稼業をしていると、夜行性になってしまうのは仕方がない。さらに携わるジャンルがクルマとなると、午前零時過ぎの閑散とした都内の主要道路が馴染みとなる。新宿二丁目から広尾へ、碑文谷から西麻布へ、クルマで移動することはなんてことない。真夜中の都心は信号にこそつかまれど、渋滞とは無縁なのだ(工事渋滞を除く)。
そこで気がつくのが、平坦だと思っていた都心の道はアップダウンに富んでいて、クルマを走らせるのが面白いということ。ただ流しているだけで素晴らしく楽しいルートはたくさんあるのだけれども、周回するということにかけては、皇居一周にかなうルートはちょっと思いつかない。皇居ランナーの気持ちもよくわかる。
ということで、編集部員が今1番乗ってみたいクルマを選ぶことになっている今回のお題は、アバルト「695トリビュート131ラリー」。一週間で最低4人の編集部員が試乗と撮影を行う企画なので、昼間はデスクワークに追われる私は、どうしても深夜に試乗するしかない。そこで睡眠時間を削って試乗することになるのだが、編集部のある神田神保町から自宅までの道のりだけだと、メインとなるステージは首都高3号線と東名高速の2区間だけ。気持ちは帰宅モードに切り替わっているので、楽なクルマであればあるほどぴたりと気持ちに寄り添ってくれる。評価軸がそこに絞られるので、今回のようなクルマだと、ちょっと不利である。
そこで、以前ケータハムで深夜の都心を徘徊したように695トリビュート131ラリーを走らせてみようと思ったのだ。編集部の目と鼻の先には皇居をぐるりと一周するうってつけのコースがある。
名案とばかりにさっそくスタート地点を〈平川門〉の交差点にして、反時計回りに一周することにした。まずは交差点近くでパチリと撮影。
ボディカラーはメタリックのブルー。街路灯の下で見ると鏡餅のような曲線に、美しい陰影が現れる。ドアを開けてサベルトのシートに座る。ステアリングがテラスコピックだといいのにな、とは、いつもこの世代の500系アバルトに乗ると思うことだ。着座位置も少し高い。しかし、アバルトなら大男がステアリングに熊のように覆いかぶさるようなドライビングスタイルも、漫画チックで見ていて微笑ましい。
メタリックブルーといえば、今回の695トリビュート131ラリーの前の試乗は、ランボルギーニ「ウラカン テクニカ」であった。ウラカンも2013年のローンチの時から国際試乗会でドライブして、常に最新モデルをたっぷりと試乗してきた。その意味では500系アバルトも2011年あたりから常に触れてきたモデルだ。そしてともにモデルライフを終えようとしている。個人的にはどちらも思い出深い2台。
しかし、今回は695トリビュート131ラリーにとっては非常に分が悪い。とにかくウラカンテクニカが身体にしっくりきていただけに、評価がすこぶる高い。フラットな気持ちで695トリビュート131ラリーに対峙しようにも、どうしても比べてしまうものなのだ。シートポジションのちょっとしたことでさえも、気になってしまうほどに。
……と、いろいろなことを考えつつ、セミバケのシートに身を委ねると、なんだか心落ち着いてしまうのはクルマ好きの性であろう。念のため、ダイヤルを回して背もたれがどこまで倒れるかを確認する。こんなシートでも背もたれを倒せばしっかり寝れてしまうのは、自動車メディア編集者という職業病のせいかもしれない。
スポーツドライブ好きなら申し分なし
〈平川門〉のシグナルが青に変わる。T字を右に大きく旋回。のんびり走っていると、次の〈竹橋〉のシグナルが赤に変わってしまうので、勢いよく飛び出したままスピードを上げていく。100km/hくらいまで3速で引っ張る。左コーナーになっている〈竹橋〉の横断歩道は、日中は信号待ちの自転車が前輪を車道に出していることが多く、クリッピングポイントにつくことができないが、深夜なら大丈夫。きっちりインにつけてから立ち上がりで右車線へとラインを取る。ここから内堀通りに交わる〈千鳥ケ淵〉までの代官町通りが、タイトで個人的にもっとも楽しめる区間。ただしシグナルに捕まりさえしなければの話だが。
さて、500系アバルトは、どんどん過激にハードな味付けへと変化してきたと思うが、この695トリビュート131ラリーはここに極まれりというところか。正直に言って、普段乗りにするには扇情的すぎる。乗り手が走ることを目的としてドライブする時には忠実な猟犬のように寄り添ってくれるが、ただの移動手段として接する時は、躾の行き届いていない大型犬のように手に余る。
逆にこの日の夜のように、ただなんとなくドライバーズシートに座っただけでも、アバルトは構ってほしい若犬のように尻尾を振りながら飛び跳ね吠えたてて訴えかけてくる。犬好きなら喜んで戯れるだろうが、猫派ならウンザリかもしれない。要するにスポーツドライブ好きなら、少々疲れていても、そんな695トリビュート131ラリーはウェルカムなのである。
S字コーナーでわかるクルマの素性
右手に東京国立近代美術館を見ながら紀伊国坂を駆け上がっていくと、路面は左車線がパープルに塗られている区間に入る。紫のラインをそのまま左折すると首都高料金所へ、道なりに進むと赤レンガ造りの東京国立近代美術館分室が右手に見えてくる。もともとは近衛師団司令部庁舎である。ここまでのS字コーナーがタイトでツイスティなワインディングといったところ。3速のままブレーキとアクセル操作で姿勢を作ってコーナーを交わしていく。
先日乗ったばかりのウラカンテクニカならば、スイスイと抜けていく感じなのだが、ウラカンテクニカに比べると車高もヒップポイントも高い695トリビュート131ラリーは、ピョコピョコと左右に揺れながらコーナーをクリアしていく。それがコーナーのひとつひとつにドラマが用意されているようで、同じ道を走っていても充実度が違ってくる。
現代のクルマのように電子制御がてんこ盛りではない頃のスポーツカーには、ドライバーの腕でねじ伏せるようにしなければ速く疾走れなかったものが多いが、現代のスポーツカーは、ウラカンテクニカのようなスーパーカーに分類されるようなものでさえ、軽くステアリングに手を添えるだけで、誰でもそこそこ速く疾走ることができるようになった。
もちろん、速く疾走るためにはドライバーに余分な緊張を与えないことが必須で、運転しやすいということが絶対条件となる。その意味では695トリビュート131ラリーは、等しく万人に乗りやすいとは言い難い。その証拠がアフターパーツの多さだ。運転しづらいから、自分のドライビングスタイルに合わせるためにチューニングしたくなるのだ。
赤信号で停車した〈半蔵門〉の交差点で初めて、蠍マークのスイッチに気がついてオンにする。直感的にスポーツモードへの切り替えスイッチとわかる。メーターパネルの表示もそれに合わせてヤル気モードへと切り替わる。クラッチペダルを左足で踏み込み、アルミのシフトノブを1速に入れる。ひんやりとした球状のシフトノブを左手で包んだまま、右足でアクセルペダルを軽く数回煽ってやると、明らかに先ほどとは異なる野太い乾いたエキゾーストサウンドが聴覚だけでなく、シートからの振動でも伝わってきた。
シグナルが青に変わると同時にクラッチを繋いで勢いよく発進、フロントタイヤからの悲鳴に似たスキッド音と盛大なエギゾーストノートが静かな闇に谺する。
〈国会前〉にかけて下り坂となるため、スピードも乗ってくる。実際には破綻するような速度ではないのだけれども、ドライバーが頑張って、というか格闘している気分にさせてくれるところにアバルト695トリビュート131ラリーのレゾンデートルがある。V10ランボルギーニではガヤルドではそのテイストが感じられたが、ウラカンでは希薄になってしまい、ウラカン テクニカではさらに洗練されてしまった。
緩やかな、しかし左足を踏ん張らないと横Gに耐えられないような速度でカーブを抜け〈桜田門〉を越えて200mほど直線を走ると〈祝田橋〉の交差点に出る。シグナルは運良く青。交差点の手前でしっかりブレーキングして2速に落とし、一台もクルマが走っていない交差点をほぼ直角に内堀通りへと駆けていく。
皇居前広場を左手に見ながらのストレートは、695トリビュート131ラリーではなく、私自身のクールダウンと思考をまとめるための区間だ。
トリブートランボルギーニがあってもいいんじゃない
さて、アバルト695トリビュート131ラリーとはなんなのか? かつて595にはトリブートフェラーリというモデルがあった。当時の私の印象だと、トリブートフェラーリは、フェラーリオーナーのガレージに収まっている確率が高かったように思う。フェラーリで公道を走る行為は、ある意味ではストレスの溜まる行為にほかならない。それは、持てるポテンシャルのわずかしか使うことができず、思い切り走らせることができないからだ(走行距離が伸びるのもオーナーとしてはストレスだろう)。そのストレスをトリブートフェラーリを操ることで解消していたと思う。
これはあくまでもただの推測に過ぎないけれど、たまたまウラカン テクニカを試乗した後だったので、695トリビュート131ラリーが同じガレージにあれば、普段使いに695トリビュート131ラリーのステアリングを握っていたいと思う。なぜならば、ウラカンテクニカをドライブする時と同じマインドで、安全な速度域で──あくまでもウラカン テクニカと比べての話だが──刺激的な体験を気軽に得ることが可能となるからだ。
こうしたことからも、695で「トリブートランボルギーニ」が出てもいいと妄想してしまう。ヤマハとコラボしたモデルもあったくらいだから、まあ、メイド イン イタリアということで、これくらいの洒落が効いていても誰も怒るまい。
もちろん695トリビュート131ラリーが1台だけのガレージでもいい。クルマを運転する時は常にアドレナリン全開で走るのも悪くない。バッテリーの残量を気にしながら走るのも大切であるけれど、全開でエンジンとエキゾーストのサウンドに酔いしれながら疾走る方がよっぽど人生は豊かだ(と、このときは個人的に思った)。
結論は出たようだ。スッキリしたところで、〈気象庁前〉シグナルの左コーナーを100キロオーバーで気持ちよく駆け抜けると、突然、目の前に真っ赤な誘導灯が現れた。こんな夜更けに、どこにスピード違反を取り締まる移動オービスがあったんだろうと思いながら、誘導されるままに695トリビュート131ラリーを〈平川門〉の交差点前に停車させる。
後方から近づく足音がハイヒールのそれであることから察するに、ウインドウをノックするのはどうやら婦警のようだ。観念してセンターコンソールにあるスイッチを押してウインドウを開けると、甘い香りが車内に流れ込んできた。遠いむかし、90年代の記憶が蘇る。たしかこれはプワゾンという名の香水だったよなぁ、婦警がこんなパフュームをまとって深夜に駐車違反じゃなくてスピード違反の取締りなんて……。それともこれはサソリの毒にやられた幻覚か──というところで、背もたれを倒した695トリビュート131ラリーのシートの上で目が覚めた。もちろん695トリビュート131ラリーは1ミリも動いた気配なし。しまった、プワゾンをまとった婦警のご尊顔、拝むのを忘れてしまった……夢とはいえ何たる失態。(続く……)