CQモーターズのプロトタイプ「モダンタイムズ」
いまから20年ほど前、時代に先駆けて日本で生まれた小さなEVメーカー、「チョロQモーターズ」をご存知だろうか。今回は、2002年に発表された2台のプロトタイプの1台、レトロフューチャーな佇まいが特徴の「モダンタイムズ」改め「QQ(ナインナイン)」をご紹介しよう。
夢の「チョロQの実車」は1人乗りのEV
「チョロQ」とは1980年にタカラ(現タカラトミー)からデビューしたクルマ系玩具の定番。実車をコミカルにデフォルメしたボディとプルバックゼンマイ組み合わせた「走るミニカー」で、「チョロチョロはしるキュートなくるま」がその名前の由来だ。そんなチョロQのデビューから20年の節目となる1999年から2000年にかけては、さまざまなメディアが特集を組んだり、異業種・他企業とのコラボで特注モデルが数多く作られたりと、第2期ブームとも言える盛り上がりを見せた時期だった。その余勢を駆って登場したのが、実際に人が乗れるチョロQ「Qカー」である。
「チョロQを自分の手でドライブする」という、ある意味荒唐無稽な夢を叶えるために、タカラが「チョロQの実車」を製造・販売するための子会社「チョロQモーターズ株式会社」を設立したのは2002年のこと。
人が乗れるチョロQ=Qカーと言っても、もちろんゼンマイ動力ではなく、1人乗りの電気自動車。具体的にはトヨタ系メーカー、アラコ(現トヨタ車体)の小型電気自動車「エブリデーコムス」の基本コンポーネンツの供給を受け、そのシャシーにコミカルなオリジナル・デザインのボディを架装するという成り立ち。車両の開発・型式認証取得は、フォルクスワーゲン/アウディのチューニングなどで知られるコックスが担当した。
2002年に行われたチョロQモーターズの発表会では3台のQカーが発表(2台は実際に走れるプロトタイプ、もう1台は画像)され大きな話題となったが、会場で画像のみの発表となったのが「ユー」、展示された2台のプロトタイプの1台が「2010」。そしてもう1台が、今回ご紹介している「モダンタイムズ」(のちにQQ=ナインナインへ改称)である。
元ネタは1921年のルンプラー トロッペンワーゲン
そもそもチョロQの魅力のひとつが、実在するクルマの特徴をとらえたうえでセンス良くデフォルメするデザインの妙。見る側にとって「あのクルマのエッセンスを煮詰めるとこうなるんだ」という新鮮な驚きをもたらしてくれる点だった。その意味ではオリジナルデザインの近未来スポーツカー「2010」と、実用性を狙ってゴルフ場のカート的な独自の外観となった「ユー」は「あのクルマをこう料理したんだ」というポイントはやや薄い。
その点「モダンタイムズ」は明らかに元ネタとおもわれる実車が存在する。もちろん公式にはあくまでオリジナルデザインということだが、そのレトロフューチャーな姿は一瞥して1921年のベルリン・モーターショーで発表されたルンプラー「トロッペンワーゲン」に範をとったとわかる。これは流線形デザインでCd値0.28という当時驚異的な数字を誇り、映画『メトロポリタン』でも未来のクルマとして登場したモデル。チャップリンの映画からインスパイアされたと思しき車名ともあいまって、まさにシャレの効いた原寸大チョロQだ。
倉庫で朽ちかけていたプロトタイプをレスキュー
この「QQ(モダンタイムズ)」のオーナーは水口 雪さん。この他にも多数の原付カーなどを所有する「小さいクルマ・コレクター」で、本職は埼玉で動物病院を営む獣医師さんである。もともと「Qi(キューノ)」のオーナーだった水口さんは数年前、当時発表会で展示された後にタカラの倉庫で眠ったままになっていた「QQ(モダンタイムズ)」と「2010」が現存することを知る。倉庫で朽ちかけていた2台をなんとかレスキューしようと水口さんは関係者と交渉。その熱意が先方にも伝わり、ついに2台のプロトタイプを手に入れるのである。
水口さんは入手後にさっそくレストアを開始。バッテリーをはじめとして多くの消耗部品を交換し、傷んだボディや内装も修繕しレストアは無事完了。今年2023年に入ってナンバーも取得し、晴れて公道走行可能な状態となった。
「発表会用に製作されたワンオフのショーモデルだったのでドアミラーやワイパーなども備わっていませんが、できるだけ当時の状態をキープしようと考え、ホイールキャップ以外はほぼオリジナルです」
コミカルなパーソナルEVを夢見た時代の生き証人
初回限定で市販されたQi(キューノ)は予約完売となるなど、玩具メーカーが手がけた電気自動車として大きな話題となったQカーだったが、需要が一巡した後は販売台数が頭打ちとなり、チョロQモーターズは2004年にはその生産を終了。ほどなくして「自動車製造業」から撤退していった。
バブル景気崩壊直後に生まれ、電気自動車がひろく普及する前に歴史の波間に消えていったQカーと呼ばれた小さなBEV。じつはQカーには、イギリスのスポーツカー・メーカー「ケータハム」とのコラボによる「Q-CAR 7(キューカーセブン)」など、実在するクルマをチョロQ化した文字通り「運転できるチョロQ」の生産なども予定され、予約受付も始まっていたが、それらの計画もキャンセル。実車をデフォルメしたQカーが、その元ネタとなった本物のクルマと同時に公道を走る……そんなコミカルなシチュエーションも見果てぬ夢となった。
そんな時代の証人が一堂に会する水口さんの「Qカー・コレクション」は、まさに貴重な存在である。
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