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「冷えたバターを熱いナイフで切るような」とは、どんなシフトフィール?「アバルトの毒」は「跳ね馬」へのカウンターでした

トランスミッションは6速MTのみを搭載。ハイパフォーマンスモデルのGT3よりクロスレシオな設定となる

クルマメディアでお馴染みの変な表現の由来とは

雑誌、あるいはWEBマガジンなどの自動車関連メディアではよく目にしつつも、一般的にはあまり見ることのない言葉というものは、たしかに存在する。これからいくつかの例を挙げ、その由来や意味について解説させていただくことにしよう。

「アバルトをサソリにたとえる表現」

今も昔も、アバルトを象徴するアイコンといえばサソリ。そのエンブレムやグラフィックにもサソリが掲げられているのだから、当然といえば当然のことである。

では、なぜサソリがアバルトの紋章に掲げられたかといえば、開祖であるカルロ・アバルトが1908年11月15日に生まれ、その星座がさそり座であることが発端という説に、疑う余地はあるまい。とはいえ、独特の美的センスと卓越したビジネスセンスを有していたアバルトが、サソリという生き物のイメージを巧みに利用したこともまた、明らかではないかとも推測される。

モータースポーツ、ことにスポーツカー耐久レースのGTカテゴリーにて、より大排気量のクラスに属する「馬(フェラーリやポルシェ)」、「ジャガー」、「蛇(アルファロメオやコブラ)」など、より大きな動物を紋章とするライバルたちを向こうに回して、小さなサソリがクラス優勝はもちろん、ときには総合順位でも上位に食いこむさまが、「サソリのひと刺し」になぞらえられたともいえるのだ。

それはサーキットのみならず、1960年代のヨーロッパの公道をステージとした走り屋たちにとっても、同じ爽快感をもたらしていたようだ。

フェラーリやランボルギーニはもちろん、もともとの出自が高貴なアルファ ロメオも比較的富裕なカーマニアのもの……、というイメージがかつてのイタリアでは強かった。それに対して、第二次大戦後に庶民のアシとなったフィアットの大衆車をベースとし、チューニングキットとしても販売されたアバルトは、頑張れば庶民でもギリギリ手に入れられる。その安価なクルマが、より高価なスポーツカーたちとワインディングでは対等に渡り合い、時には打ち負かすこともあり得る。

そんなカタルシスやヒロイズムが「アバルト」と「サソリ」をリンクしたイメージとして、イタリア国内から欧米に、そして日本を含む世界中で定着したのであろう。

「冷えたバターを熱いナイフで切るような」

もともとは「like a hot knife through butter」という英語の慣用句。直訳すれば「熱したナイフでバターを切るように」となるが、これは「いとも容易い」ことを表現するものとのことである。

この表記が自動車メディアに使われるのは、とくにポルシェのシフトフィールについて。そして登場したのは1950年代半ばごろ。英国の自動車雑誌あたりが発端ではないかと推測される。

その発端は、変速をスムーズに行うことができる補助機構「シンクロメッシュ」がまだ完全普及には至らず、装備していても2速から上のギヤのみだった時代の1952年に、高度なシンクロ機構を備えたトランスミッションが、ポルシェ356に採用されたことにある……、といわれている。

ポルシェが特許を有した、いわゆる「ポルシェシンクロ」。セルフサーボ式シンクロ機構つきのポルシェ356や初期の911のギヤボックスは、ほんの少しの抵抗ののち、吸い込まれるようにスッとギヤが入る。古き良き日産車をはじめとするポルシェシンクロ採用車両は、おおむねその傾向が強かった。

ただし端緒となるポルシェでは、リアエンジン車の宿命としてシフトレバーがリモート操作になることもあわせて、その操作感は「グニャ」とした少々あいまいなものとなった。

また、同じくポルシェについては「蜜ツボをスプーンでかき回すような」という手厳しいもの言いも存在したが、これも少々あいまいなシフトフィールを示す慣用句であろう。

だから、「カチッ」ないしは「コクッ」と表現される、往年の英国製スポーツカーたちのダイレクトなシフトフィールに慣れたかたわら、シンクロのない分ダブルクラッチも厭わなかった当時のスポーツカードライバーは、当初とまどいを禁じえなかったという。

くわえて、もし誤ってシフトダウンしてもギヤが入ってしまう強力無比なポルシェシンクロは、とくにナロー時代の911ではやたらとシャープな吹け上がりも相まって、ときにはエンジンをオーバーレヴさせてしまうことも……。

そんな逸話もまた、ポルシェ911の神話性を高めた要因のひとつとなったといえるのだが、1987年モデル以降の911カレラではトランスミッションがゲトラグ社製に変更され、いくらかクリック感のあるフィールになる。

ところが、こんどはポルシェシンクロ時代の独特なシフトフィールを懐かしむ声、あるいは「ポルシェシンクロを使いこなしてこそ、真の911の使い手」というマニアックな見方も、ひところはあちこちで見られた。筆者を含むカーマニアは、なんとも面倒くさい人種なのだ。

いずれにせよ、旧来のスティックシフト式マニュアル変速機が急速に衰退し、たとえマニュアル操作を行うとしてもシーケンシャルのパドル式。さらには、電動化によってトランスミッションの必要性すら薄れてしまう可能性が高い近未来においては、こういったシフト操作のフィーリングが論議のネタでさえなくなる日も、もはやそう遠くないことなのかもしれない……。

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