ポルシェ“930ターボ”の最終進化形
アメリカでは、冬の避寒リゾート地として知られているアリゾナ州スコッツデールと、その近隣の大都市フェニックスでは、毎年1月下旬に複数のオークションハウスが大規模なオークションを一堂に開催。その年のクラシックカー/コレクターズ市場を占う、年始の恒例イベントとなっている。なかでも、クラシックカー/コレクターズカーのオークションハウスとしては最大手と目されるRMサザビーズ北米本社がフェニックス市内で開催する「ARIZONA」は、規模・内容ともに、1月のアリゾナのオークション群の中でも最上級のものとして知られる。今回は2024年版の出品車両の中から、スーパーカーブーム時代を席巻したポルシェ930ターボの最終進化バージョン「911ターボS WLS仕様」をピックアップ。その概要とオークションレビューをお届けしよう。
ポルシェの特別な顧客だけに販売された911ターボとは?
1989年に生産された「911ターボS」は、ポルシェの伝説的マスターピースである「930ターボ」の最後を飾る記念碑的モデルであると同時に、今や世界的に名を馳せたポルシェ「ゾンダーヴンシュ・プログラム(Sonderwunsch program)」。つまり「スペシャルリクエスト」部門の起源になったモデルと認知されているそうだ。
ポルシェの顧客である富裕層や関係者にのみ新車で販売された、この極めて希少な限定生産モデルは、少なくとも第一印象ではスタンダードの911ターボと変わりはない。しかし、911ターボSの真の特別装備は、車体のリヤエンド側に置かれている。
英語圏のポルシェファンの間では「ティートレイ」と呼ばれる、インタークーラー内蔵型のスポイラーつきエンジンリッドの下には、最高出力330psを発生する「930/66 S」型3.3Lフラットシックス+シングルターボと、1989年モデルから採用された前進5速の「G50」型トランスミッションが組み合わされている。
このターボユニットは、ドイツ語表記では「WLS (Werksleistungssteigerung)」。英語に訳すると「Factory Performance Increase」を意味するアップグレードエディションであり、点火時期や燃料噴射マップの変更、大型化されたK27ターボチャージャーとウェイストゲート、巨大なフロントマウント式オイルクーラー、4連チップを備えたフリーフロー式無触媒エキゾーストシステムなどが採用されている。
車両重量はスタンダードの「911ターボ3.3」とほぼ同じながら、ターボSのパワーは30ps向上しており、最高速度と加速力の両方で大幅な向上を実現している。
1989年に、いわゆる「フラッハバウ」ではないスタンダードのボディワークで生産された911ターボSクーペは、全世界でわずか55台。そのうち42台は、ドイツ国内におけるポルシェのVIPたちのもとにデリバリーされたといわれている。
純正フルオプションで、さらなるエクスクルーシヴ性を獲得
今回RMサザビーズ「ARIZONA 2024」オークションに出品された「グランプリホワイト」のボディにブラックのフルレザーが組み合わされた個体は、ドイツ国内に納車された42台のターボSのうちの1台。1989年2月23日にドイツのデュッセルドルフにある「ポルシェセンター・ゼーシュタン」を経由して最初のオーナーに新車で納車された。
ターボS仕様のエンジンパッケージにくわえて、ポルシェ「Exclusive Manufaktur」の革巻き3本スポークステアリングホイール、リミテッドスリップディファレンシャル、電動サンルーフ、電動式スポーツシートなど純正オプションの数々が際立っている。
新車としてのデリバリーから四半世紀後となる2014年5月、この911ターボSはドイツのブローカーを介して、カナダのブリティッシュ・コロンビア州に輸入。そののちは、現オーナーの保有する限定生産スポーツカーのコレクションの1台として、大切に楽しまれてきたとのことである。
2023年8月、このクルマは米国に輸入された直後に「エクスクルーシヴ・モーターカーズ・オブ・アリゾナ」社によって、1万7000ドルをかけたエンジンのフルサービスを受けるとともに、ワシントンで公道使用のためにナンバー登録。そしてドイツから北米へと移動して以来、790マイル(約1270km)のマイレージを重ねたという。
1975年から1989年にかけてポルシェが製造した2万1000台以上の930(911)ターボの中でも、この911ターボSクーペは、あらゆる基準から見ても特別な存在。930ターボの最終型にして最高性能、そしてもっとも洗練されたメカニズムを搭載し、独自のパワートレインと比類なきエクスクルーシヴ性のすべてが、象徴的なワイドボディのシルエットに包まれている。
1月25日のオークション出品に向けて、RMサザビーズ北米本社は現オーナーとの協議のうえ、22万5000ドル~30万ドルという強気のエスティメートを設定。その上で「Offered Without Reserve」、つまり最低落札価格は設定しなかった。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは金額を問わず確実に落札されることから、特に人気モデルではビッド(入札)の起爆剤ともなり得るいっぽうで、たとえビッドが出品者の希望に達するまで伸びない場合でも落札されてしまう、というリスクも二律背反的に持ち合わせる。
そして迎えた競売では、エスティメートの中央値に到達する26万6400ドル、日本円にして約3940万円で落札されることになった。
現在の国際マーケットにおけるポルシェ930ターボの相場価格は、オリジナルモデルである3L時代が比較的高め。いっぽう生産期間が長く、出荷台数も多い3.3L版はやや安価になる事例が多いようだが、さすがにエクスクルーシヴなターボSともなれば話は別ということだろう。