バイエルンの伝説的スーパーカー、パリのオークションに降臨
フランスの首都パリにて毎年行われるクラシックカー・トレードショーの世界最高峰「レトロモビル」では、付随するかたちで国際格式のオークションが複数開催されます。そんな状況のもと、クラシック/コレクターズカー・オークション業界最大手のRMサザビーズ欧州本社が2024年1月31日に開催した「PARIS」オークションでは、レトロモビルに訪れる目の肥えたエンスージアストを対象とした、レアなクラシックカー/コレクターズカーたちが数多く出品されましたが、今回AMWが注目した出品車両はBMWエンスージアスト垂涎の1台。1980年型のBMW「M1」です。
ランボルギーニを倒産に至らしめたプロジェクトとは?
2020年春をもって生産を終えたプラグインハイブリッド・スーパーカー「i8」が登場するまでは、BMW史上唯一のミッドシップスポーツカーだった伝説のモデルBMW「M1」。ドイツ製の量産スポーツカーの中ではもっとも美しく、もっとも速いクルマとなることが期待されたスーパーカーは、もともとランボルギーニと共同で開発し、FIA「グループ5」規約による世界スポーツカー耐久選手権において覇権を握っていた「ポルシェ935」の牙城に挑戦しようとしていた。
この理知的ながら魅惑的なスーパースポーツは、高性能車に関するランボルギーニとBMWのノウハウを結集したものとされた。ボディデザインを担当したのは、イタルデザインのジョルジェット・ジウジアーロ。FRP製ボディパネルはイタリア・モデナの「イタリアーナ・レジーナ(Italiana Resina)」社。鋼管フレームは、同じくモデナの「マルケージ(Marchesi)」社。そしてアセンブルは、サンタ・アガタ・ボロネーゼのランボルギーニ本社にゆだねられる予定だった。
ところが、このM1のプロジェクト推進に手まどり(当時のランボルギーニは、チータやLM002にリソースの多くを割いていた)、投資を回収できなかったことが大きな一因となってランボルギーニは経営破綻。紆余曲折の末、M1の生産はBMWとは縁の深い旧西ドイツの「バウア(Baur)」社に委託されることになってしまう。
また、パワーユニットも当初はBMW M社による新開発の4.5L V10を想定していたそうだが、こちらも方針を変更。同じBMW M社がツーリングカーレースに出場する3.0CSLのために開発した「M88」型直列6気筒DOHC24バルブ3.5Lを搭載することになった。
これらの混乱の収拾のため、M1のワールドプレミアは当初予定されていた1978年春のジュネーヴ・ショーから遅延となり、結局同年10月のパリ・サロンまで遅れることになる。そして、最初の1台が顧客に納められたのは1979年の春。そして最後の1台の納車は、当初の予定から大幅に遅れた1981年7月までもつれ込むことになったのだ。
生産開始が遅れた上に、実に10万マルクという当時のフェラーリ512BBにも匹敵する高価格も相まって、総生産数はBMWの目論見を大きく下まわる、ロードカー399台と後述するレーシングバージョン56台の、総計455台(ほかに454台説、460台説、477台説などが存在する)に終わったという。
また生産スケジュールの遅れによって、生来の目的であったグループ5のレギュレーションによる世界スポーツカー選手権参戦に必要なホモロゲートをようやく取得したころには、すでにグループ5規定は終焉を迎えつつあった。
こうして、悲運のもとに歴史の幕を閉じることになったBMW M1ながら、思わぬかたちでスポットライトを浴びることになる。1979-80年シーズンに、主にF1GPの前座レースとして、グループ4仕様に仕立て直したM1によるワンメイクレース「プロカー選手権」に転用され、ニキ・ラウダやネルソン・ピケなど当時の現役F1パイロットが年間タイトルを獲得。BMWが予想していた以上の成果を得たのだ。
この輝かしいヒストリーに生産車両の希少性が相まって、いまなおBMW M1をして「レジェンド」の地位をもたらしているのであろう。
約8500万円で落札されるも、想定内?
このほどRMサザビーズ「PARIS 2024」オークションに出品されたBMW M1は、資料によると276台目の市販ロードゴーイングバージョンとして、「ブラウ(Blau:濃紺)」のボディカラーに「シュヴァルツ(Schwarz:黒)」のレザーインテリアを合わせた魅力的なコンビネーションで、1980年10月2日に完成したと伝えられる。
そしてディールスドルフの「BMWスイスAG」社を介してスイス国内に新車として納入されたものの、ファーストオーナーによって登録されたのは、1983年になってからのことだったという。
そののち、2006年5月にドイツの著名なコレクターに売却されるまで、初代オーナーが所有。さらに4年後となる2010年11月18日に、今回のオークション出品者でもある現オーナーのもとに譲渡され、過去14年間にわたって管理下に置かれている。つまり、歴代オーナーは3人に過ぎないということになる。
現在でもなお、オリジナルペイントが良い状態で残されているこのM1は、スタンダードよりもドライビングポジションを低くすることのできる、非純正のシートセットに換装されているそうだが、本来のシートは販売時に添付されるとのことである。
またファクトリーレコードによると、この個体はオリジナルナンバーの3.5L直列6気筒DOHCエンジンを搭載しており、オークション公式WEBカタログ作成時のオドメーターが刻む総走行距離はわずか2万1142kmに過ぎないとのことであった。
RMサザビーズ社の調査によると、1978年から1981年の間に生産されたM1はわずか455台で、BMWエンスージアストの間では、常に渇望されるアイコン的な1台といえる。そんな希少モデルゆえに、2010年代中盤の最盛期には、100万ドル(当時のレートでは約1億円)越えも散見され、現在にあっても高級クラシックカーディーラーなどでは6000~8000万円あたりの正札が付けられるのが通例となっている。
そのような相場観を踏まえてだろうか、RMサザビーズ欧州本社は現オーナーとの協議のうえで、48万ユーロ~55万ユーロというエスティメート(推定落札価格)を設定。1月31日にパリ・ルーヴル宮の「サル・デュ・カルーゼル」を会場として行われた競売では52万2500ユーロ、日本円に換算すれば約8500万円で落札されることになった。
ちなみに新車時代のBMW M1は、フェラーリでいえば308GTBよりも高価で、512BBよりは安価だったそうだが、現在のクラシックカーマーケットにおける相場は、その両方を足した以上のプライスとなってしまう。
それは希少性、あるいは生来の伝説性というものが、マーケットにおける価値に大きな影響を及ぼすという、ひとつの実例なのだろう。