空冷史上最強のロードゴーイングカー
正統性、あるいは純血性が最優先されるクラシックカー/コレクターズカーのマーケットでは、いわゆる「チューンドカー」には厳しい評価が下されがちです。でも、ごく一部の名門の手がけたコンプリートカーについては、近年ではメーカーのオリジナルを遥かに上回る価格で取り引きされる事例も少なくはなくなっています。たとえば、RMサザビーズ北米本社が2024年3月1~2日に開催した「MIAMI 2024」オークションに出品された1998年型「RUF(ルーフ)ターボR」は、そんな特別なチューニングカーの代表格といえるのです。今回はRUFターボRのモデル概要と、注目の最新オークション事情についてお伝えします。
RUFの最強空冷マシン、ターボRとは?
ドイツ・バイエルン州プファッフェンハウゼンの「RUFオートモービルGmbH」は、アラカルトのモディファイメニューを提供するにせよ、ホワイトボディや特注シャシーから手作業で驚異的なスポーツカーを製作するにせよ、つねに驚異的なエンジニアリングと、世界市場における同業他社の追随を許さない厳しい製造基準を組み合わせてきたことで知られる。
ポルシェ911をベースとした第1作をアロイス・ルーフJr.が完成させてから、わずか6年後、1981年には旧西ドイツ政府の公式機関である「技術検査協会(Technischer Überwachungs-Verein)」から、いわゆる「TÜV認証」を獲得することにより、「ドイツ自動車工業会(Verband der Automobilindustrie)」へと加盟。アフターマーケットのチューニングハウスから正式な自動車メーカーへとランクアップを果たした。
さらに1983年に初の自社製コンプリートカーを発表して以来、RUFはポルシェをベースとした製品を、世代を重ねるごとに完成度の限界まで磨き上げてきた。
RUFが1998年に発表した「ターボR」は、長らく同社の象徴として君臨してきたスーパーカー「CTR2」の生産を終了したあとのラインナップの穴を埋める、新たなフラッグシップ。旧CTRと同じく、993世代のポルシェ「911ターボ」をベースにしていた。
1998年から2002年にかけて販売されたこの特別なハンドビルドカーは、ポルシェが誇る3.6L「M64/60」型フラット6シリンダーエンジンをベースとしつつも、その多くはRUFが独自に開発したもの。プファッフェンハウゼンの「マッドサイエンティスト」たちは、より大型のツインターボチャージャーや高回転志向のカムシャフト、カスタムECU、排気効率の高いエキゾーストを詰め込み、483psの最高出力と649Nmの最大トルクを発生させた。
6速マニュアルトランスアクスルにはさまざまなギア比が用意されており、最新のプレス資料によれば、ターボRの最高速度はもっとも速いファイナルギヤを選択した場合には、時速204マイル(約330km/h)を軽々と超えるという。
もちろんハンドリング・ダイナミクスは期待どおり素晴らしいもので、停止状態から時速60マイル(約97km/h)まで3.5秒未満で到達する加速性能も備えていたといわれているのだ。
驚きの2億3000万円で落札!
この「グランプリ・ホワイト」にブラックの本革レザーインテリアを組み合わせた1998年型RUFターボRは、北米唯一のRUF総代理店オーナーの個人的なコレクションであり、おそらく世界究極の空冷ストリートマシンである。
プファッフェンハウゼンの工場でわずか15台が生産され、ユニークな 「W09」のVINプレフィックスと、各クライアントのオリジナル仕様に合わせたRUFのモディファイによって区別される。
このターボR固有の仕様としては、ブラックレザーで美しくラッピングされた一体型ロールケージ、RUF用ビルシュタイン製フルスポーツサスペンション、19インチアルミ製センターロックホイール、そしてRUFの最新カーボンセラミックブレーキパッケージなどが含まれ、前輪の6ピストンキャリパーと後輪の4ピストンキャリパーは、マッチングしたアシッドグリーンのペイントで仕上げられている。
また1980年代からの伝統にしたがって、993世代でも残されていたサイドウインドウ上のレインガーター(雨どい)も削りとられ、その特別な血統を示すもっとも微細な手がかりとなっているうえに、専用のカーボンファイバー製フロント/リアバンパーとフェンダーには、ヒートエクストラクターとオイルクーラーが内蔵され、エンジンとブレーキを十分に冷却する。
さらに、このターボRはRUFが自社開発した6速マニュアルトランスアクスルとAWDシステムが組み合わされているのだが、興味深いことに同時代のターボRの一部やCTR2に見られたトルクベクタリング調整機構は装備されていない。
したがって、いかなる電子デバイスの補助も受けない純粋な全輪駆動マシンであり、シンプルながら獰猛なパワープラントと協調するスポーティなシャシーは、ダイレクトなレスポンスと、剛健にしてしなやかな乗り心地をもたらすという。
そして2022年10月、今回のオークション出品者でもある現オーナーは、このターボRをプファッフェンハウゼンに送り返し、チューニングとツインターボチャージャーの大型化を含む8万8000ドル分の追加アップグレードを施した。これらの再チューニングよって、最高出力は560psまで増強されるとともに、まったく新しいレベルのパフォーマンスが引き出された。
また、リッチなブラックレザーのインテリアには、アシッドグリーンのレザーインサートとアシッドグリーンのコントラストステッチでトリミングされた、フルハーネス式シートベルト対応のカーボンファイバー製スポーツシートなど、RUFの魅力がふんだんに盛り込まれている。
このスパルタンなキャビンに身を沈めたドライバーは、ビレットアルミニウムのペダルとハイコントラストのRUF製メーターによって、エキゾチックなボクサー6ターボエンジンのもたらすポテンシャルを最大限に引き出すことができる。
くわえて、ブラックレザーとアシッドグリーンを基調とした内装は、小径のRUFスポーツステアリングホイールにシフトブーツ、ダッシュボード、軽量ドアカードに至るまでコーディネート。インテリアの連続性と質感の高さは、ほかに類を見ないレベルにある。
また、ブルートゥースに「CarPlay」、USB機能も備えた最新のヘッドユニットにより、最新鋭のスポーツカーに匹敵する快適さと利便性を、すべて享受することができるとのことである。
現在のマーケットにおいて、生産台数も非常に少ないRUFターボRを手に入れる機会は、これから先もそうそう繰り返されることはないだろう。そんな状況のもと、最新の包括的アップグレードからわずか3276マイル(約5240km)しか走行していないとされるこの見事なターボRは、その別世界のようなトラクションと驚異的なパワーデリバリーで、最近のスーパーカーを凌駕する準備が整っているとのこと。
そして、150万ドル~180万ドルという、ポルシェとチューンドカー双方について門外漢である筆者などには想像もつかないほどに高額のエスティメート(推定落札価格)が設定された。
これは、どちらかといえば過大評価にも思われたのだが、そんな予測は不見識ゆえのものだったようで、オークションが終わってみれば151万7500ドル。日本円に換算すると約2億3000万円で競売人の掌中のハンマーが鳴らされることになったのである。