多彩なエンジンラインアップで多様なニーズに応えた
メルセデス・ベンツ史上で初代「コンパクトシリーズ」として、モダンでファミリー層に人気を博したのが「W114/115」でした。このコンパクトシリーズとして2代目の「W123」シリーズは、「最善か無か」というクルマづくりの哲学に基づき合計約270万台が生産され、メルセデス・ベンツ「Eクラス」史上に残るヒット作品となったのです。W123の人気と性能を支えたメカニズムなどを紹介します。
最先端技術を惜しみなく投入した安全性と技術的特徴とは
「W123」シリーズにおける安全性や技術的特徴としては、主に次のようなトピックスが挙げられる。
・ダブルウィッシュボーン式フロントサスペンション、スクラブ半径ゼロ
・ベラ・バレニ設計に基づく「コルゲート・チューブ・タイプ」のセーフティステアリングコラム
・自動ハイドロニューマチックレベルコントロール付きステーションワゴン
・300TDターボディーゼルモデル(1980年)は、ターボチャージャー付きディーゼルエンジンを搭載したドイツ市場で最初のクルマ
・代替駆動システムの実験:水素、電気モーター、液化ガス
ボディはもちろん前後衝撃吸収式構造と客室は頑丈なセーフティセル構造を持ち、ロングホイールベースとワイドトレッドが特徴だ。そして何よりも安全技術に一層磨きをかけている。
1958年に特許を取得したセーフティコーンタイプのドアロックは円錐形の太いピンがドア側に、一方ポスト側にはこれを受け止める頑丈なボックスが付いており、左右上下の衝撃に強い構造、つまりオスとメスががっちりと交わる構造で、しかも通常のかぎ状のロックも掛かる2重のドアロックをW123にも採用した。そのため、ドアを閉めたときにドスッとした音がする。しかも事故の際には、ドアは外から開き乗員を素早く救出できるというものだ。燃料タンクは、トランク隔壁とリアシートバックレスト間、リアクラッシャブルゾーンから外れた安全な場所へ設置している。
サスペンションはフロントが「Sクラス/W116」と同じ、すなわちアッパー・シングルIアーム、ロワー・トライアングルAアームだった。これは「走る実験室」と呼ばれた「C111」で開発したスクラブ半径がゼロになるジオメトリーを持っていた。走行中、前輪タイヤにかかる力がステアリングナックルに影響を与える構造であるから、片輪が障害物を乗り越える場合や、片方のタイヤがバーストしたときなどでも、優れた安定性を発揮した。
ステアリングの最大舵角は44度で、ダブルAアームだった先代の「W114/115」より4度も大きい。ステアリングを据え切りしたときに前から見ると、びっくりするほどタイヤを横に拡げ、しかも急角度で寝ている。筆者はドライブ中の違和感がなく、ただ「ステアリングがよく切れるな」と思う程度なのが不思議なほどであった。リアサスペンションは先代のW114/115譲りのセミトレーリングアーム式のキャパシティを上げたものである。
日本では排ガス規制にも対応したエンジン
エンジンも基本的には先代のW114/115シリーズからの踏襲だが、なにしろ時は昭和51年(1976年)排出ガス規制のころだ。排出ガス対策技術は黎明期であったため、当初の日本輸入モデルである「230」はM115型SOHC 2.3L 4気筒キャブレターエンジンを搭載し、90ps/4800rpmを発揮(本国仕様は109ps)。「280E」はM110型DOHC 2.8L 6気筒ボッシュ製Kジェトロニック燃料噴射式を搭載し、本格的にハイパフォーマンス化を果した結果、145ps/5750rpmを発揮した(本国仕様は177ps、1978年4月から185ps)。
「240D」はOM616型SOHC 2.4L 4気筒ディーゼルエンジンを搭載し、65ps/4000rpmを発揮し(1978年8月から72psに)、「300D」は画期的なOM617型SOHC 3.0L 5気筒カプセルディーゼルエンジンを搭載し、80ps/4000rpmを発揮した(1979年9月から88psに)。
1982年から新設計の「230E」はM102型SOHC 2.3L 4気筒ボッシュ製Kジェトロニック燃料噴射式を搭載し、120ps/5250rpmを発揮(本国仕様は136ps)。「280E/CE」はM110型DOHC 2.8L 6気筒ボッシュ製Kジェトロニック燃料噴射式を搭載し、145ps/5750rpmを発揮した(本国177ps、1978年4月から185ps)。
とくにM110型DOHCエンジンはハイクオリティで筆者の好きな美しいエンジンだったが、排出ガス対策でパワーは本来の20%近くをロスし、177psであるものが145psに落ちていたのが悔しかったという思いが残っている。
「300D/300TDターボディーゼル」はOM617型 SOHC 5気筒カプセルディーゼルとターボチャージャーを搭載し、88psから一気に125ps/4350rpmに出力向上した。
ATはついにトルクコンバーター式4段を採用。ブレーキはパワーアシスト付き4輪ディスクで、しかもダブルサーキットブレーキシステム(前後セパレートのサーキットを備える)で安全であった。嬉しいことに前輪ブレーキパッドが摩耗した場合、計器盤の摩耗警告灯が点灯して知らせてくれた。
ステアリングはコラムを新設計の「コルゲート・チューブ・タイプ」として軸方向と横方向の衝撃を吸収し安全性を向上させ、スアリングホイール中心のパッドはさらに大型化された。また、1982年にはSRSエアバックがオプション装備として用意されている。
安全性を高めてドライバーの負担を軽減
筆者は、このW123の知覚安全(視界と視認性)と環境安全、人間工学的に設計された疲れないシートが大変優れていることを強調したい。広いウインドウによって優れた視界を得ており、とくに客室の剛性は高く保ち、各ポストはできる限り細く造り上げてブラインド・スポットを最小限に止めている。
新設計のワイパーは同方向に作動し、全ウインドシールド面積の78%を拭きとり、停止位置は運転に邪魔にならなく、高速でも浮き上がらない高性能なものであった。前後ポストには特殊形状なクロームプレート(ルーフランネル)が取り付けられ、雨中汚水をルーフに導きサイドウインドウが汚れないよう工夫されている。
さらに気配り設計としてボディまわりにはラバープロテクターが取り付けられ、雨の運転中でもこのラバープロテクターが汚水を受け止めサイドウインドウを汚れなくし、しかも駐車中、隣のクルマのドアが当たってもガードする役目を果たしてくれる。
テールライトは凹凸形状になっており、汚水で凹部は汚れないよう設計され、視認性を高めている。特筆すべきはシートデザインが人間工学的に設計され、呼吸するシートと呼ばれていたこと。シートは多層になっており、各層が重なり合って目詰まりを起こさない構造になっている。つねにシートの中の空気が循環することで通気性を良くし、身体の湿気や汗を吸収し発散させる。サポート性がよく、硬めで長距離運転しても疲れないシートである。
W123の時代でも、筆者は相変わらず日本語版カタログ撮影のため、箱根などへの遠征でW123の各モデルを運転する機会を得て、有名なメルセデス・ベンツ哲学「シャシーはエンジンよりも速く」を体験させてもらった。
メルセデス・ベンツW123シリーズの存在は、中型カテゴリーの中でも最高峰と呼ぶに相応しい、先見性豊かな技術と堂々たる老舗の誇りを示した作品群となった。そして、1982年の「190E/W201」発表後の1984年に、「W124/Eクラス」にバトンタッチされた。