今や世界のアイドルとなった日産フィガロ、カナダのオークションに現る
2024年5月31日〜6月1日にRMサザビーズがカナダ・トロントで、さる有名コレクターの愛蔵アイテムを集めた「The Dare to Dream Collection」オークションを開催しました。今回は、そんな変わりモノ系出品ロットのなかでも、日本人以外にとっては格段に変わり種の1台であろう日産「フィガロ」の解説と、注目のオークション結果についてお伝えします。
海外でも高く評価される、日産「パイクカー」三部作の最終進化形とは?
1987年に限定発売された「Be-1」を皮切りに、1989年にリリースされた「PAO(パオ)」と続いた日産自動車の「パイクカー」。その第3弾(商用車「S-Cargo」まで数えれば第4弾)となったのが、1991年から翌1992年まで生産・販売された「フィガロ(Figaro)」である。
そのネーミングは、18世紀フランスの劇作家カロン・ド・ボーマルシェの原作により、モーツァルトの作曲した「フィガロの結婚」、およびロッシーニが作曲した「セヴィリアの理髪師」からなる2本の傑作オペラの主人公にちなんで名づけられたもの。Be-1とパオがチープシックなヨーロッパ製クラシック大衆車の再現を目指していたのに対して、フィガロは「日常の中の非日常」を基幹コンセプトとし、1950~1960年代の高級オープンパーソナルカーを小型化して、20世紀末に蘇らせたクルマとして企画されていた。
K10系初代「マーチ」をベースとするという基本形ではBe-1およびパオと変わらないが、この2台の先達がマーチの廉価バージョンに搭載されるMA10型直列4気筒SOHC・1L自然吸気+シングルキャブレターのエンジンをセレクトしていたのに対して、フィガロは「マーチ ターボ」用MA10ET型ターボユニットを搭載。トランスミッションは、3速AT限定となった。
新車としての販売は日本国内のみ
また、ボディについても2BOXハッチバックの基本形を維持していた先達2台に対して、フィガロはフランスのパナール「ディナ Xユニオール」やイタリアの「ヴェスパ400」など、1950年代の欧州製パーソナルカーを思わせる、スマートで柔らかいラインで構成。
ドア上の白いアーチに沿って、ソフトトップが電動スライドする「フィックスド・プロファイル」のコンバーチブルトップをはじめ、レザーシートや純正エアコン、ダッシュボードにとけこむ意匠とされたCDプレーヤーなど、インテリアも充実していた。
そして、日産自動車の提供によるオムニバス映画『フィガロ・ストーリー』も製作・公開されるなど、大がかりなPR活動もあって高い人気を得たフィガロは、当初は8000台の限定生産の予定だったものの、購入希望者が多かったことから2万台まで拡大されるとともに、1991年2月14日から同年8月末まで、3回に分けて抽選するという販売方式がとられた。
これほどの大ヒットを博したフィガロながら、新車としての販売は日本国内のみ。それでも今世紀に入ったのちに諸外国、とくに日本と同じ左側通行・右ハンドルということもあり、多くの中古車が輸入されたイギリスでは絶大な人気を獲得し、エリック・クラプトンなどのセレブリティ系エンスーも手に入れたといわれている。
実際、筆者が数年前に英国「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」を訪ねた際にも、地元カークラブのミーティング会場と化していた巨大駐車場に、色とりどりのフィガロが大挙して陣取っていたことを記憶しているのだ。
日本から輸出されたのち、英国、アメリカ、カナダを渡り歩いたフィガロ
このほどRMサザビーズ「The Dare to Dream Collection」オークションに出品された「ペール・アクア」色のフィガロには、純正オプションのレース仕上げのシートカバー、「オレンジ・シャーベット」色の純正フロアマット、本革巻きサイドブレーキレバーのほか、カップホルダーやカーゴシェルフ、ロア・カーゴトレイ、マッドフラップ、ジュエル・グループのレインディフレクター、ドアエッジモール&キックプレート、ヘッドライトバイザー、ホイールアーチモールなど、当時モノの純正アクセサリーがふんだんに装備されている。
なかでも、発売時のキャッチコピー「Tokyo Nouvelle Vague(東京ヌーヴェルヴァーグ)-1991-」の文字が刻まれた純正オプションのフェンダーガードは、それ自体が希少で望ましいオプションといえよう。
販売に際して添付された資料によると、このフィガロは2006年に日本からイギリスに輸出され、アメリカ合衆国に持ち込まれるまでの10年間は英国内で保管されていた。
大西洋を渡り、アメリカに上陸した翌年の2017年、人気コメディアンで世界的自動車コレクターとしても知られるジェリー・サインフェルドが『ヴィンテージカーでコーヒーを(Comedians in Cars Getting Coffee)』のエピソードで運転。おもちゃ屋からこのクルマを回収するというウィットに富んだ演出ののち、『サタデー・ナイト・ライブ』の出演者メリッサ・ヴィラセニョールを乗せてブルックリンをドライブするシーンにも登場した。
このフィガロは、2019年に現在の「The Dare to Dream Collection」が入手。現在も全体的に良好なコンディションを保っており、足まわりはオリジナルの良好な状態である。RMサザビーズによる、公式オークションウェブカタログを作製した段階での走行距離は9136kmで、イギリスと日本のサービスインボイスを含むヒストリーファイル、サービスマニュアル、そしてサイン入りのサインフェルド氏の写真が添付されている。
フィガロが欲しければ日本国内で探すのがベスト
RMサザビーズ北米本社はこの日産フィガロについて「最高の出所を持つJDMモダン・クラシック、これは歌うべきフィガロです」というPRフレーズを添え、5万ドル~6万ドル(約785万円〜942万円)という、以前の国内マーケット相場を知る日本人には信じがたいほど高額のエスティメート(推定落札価格)を設定した。
なお、この「The Dare to Dream Collection」オークションは、すべて「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」形式で行われるというのが前提条件。したがって、たとえ入札が希望価格に到達しなくても落札されてしまう「リザーヴなし」で出品されることになっていた。
とくにこのロットは、エスティメートの段階からけっこう高価だったこともあって、「リザーヴなし」ではしばしば起こりうる安価な落札を危惧する見方があったのは間違いないだろうが、実際の競売ではその不安が的中。思うようにビッド(入札)が伸びなかったようで、終わってみればエスティメート下限を大きく割り込む3万3600ドルで落札された。
現在のレートで日本円に換算すると約520万円というハンマープライスは、円安も相まって、とても高価に感じられよう。
でも、まだけっこうな台数の残る日本のマーケットでは、依然として安価なものなら100万円台、極上コンディションの車両でも300万円台くらいで入手可能な現況を鑑みれば、やはりこれからフィガロを手に入れようとする日本人は、できるだけ日本国内で探すのがベターといえるだろう。