サーキットでは前期型ターボにも迫るような速さをみせる
ポルシェ「911 カレラ/カレラ GTS」が改良を受け、現行「911」(992型)は後期型へと進化。公道走行可能な911として初のハイブリッドシステム「T-Hybrid」が採用された、カレラ GTSにスペインで試乗しました。
911で初のハイブリッドモデル
2024年5月28日、現行ポルシェ「911」(タイプ992)の後期型にあたる通称「992.2」が発表された。注目のニュースは、ポルシェ911初のハイブリッドモデルが登場したことだ。
今回はベースとなる「カレラ」とハイパフォーマンスバージョンの「カレラ GTS」の2モデルが発表されたが、カレラは前期型と同様の3L水平対向6気筒エンジンを搭載する内燃エンジン車であるのに対して、GTSのみがハイブリッド仕様になった。
そもそもGTSとは、「Gran Turismo Sport」の略称で、1960年代のレースカー「904 カレラ GTS」に由来するもの。近年は2007年に発表された「カイエン GTS」にその名が使われるようになり、911には2010年(タイプ997)から設定されている。
「カイエン」や「パナメーラ」が採用しているハイブリッドシステムは、PHEV(プラグインハイブリッド)であり、ポルシェはそれを「E-Hybrid」と呼んでいる。一方で911は「919ハイブリッド」などレースカー由来の独自のシステムを採用。「T-Hybrid」と呼ばれるもので「T」はターボの意味だ。こちらは電動走行しない、いわゆるマイルドハイブリッドシステム。このネーミングには排ガス規制をクリアするべく環境性能を高めつつも、ハイパフォーマンスバージョンとしてのパワーアップ分をこのハイブリッドでまかなうという意図が込められているようだ。
エンジン搭載位置を110mm低めた
911にハイブリッドシステムを搭載するにあたり、最大の課題はやはり重量だったという。仮に911をPHEVにすれば200〜300kgの増加は避けられないだろう。スポーツカーとしてそれは致命的だ。新型カレラ GTS クーペは、前期型と比べて約50kgの重量増にとどめて車両重量1600kgを切ることを目標に開発が進められ、最終的に空車重量(DIN)1595kgに収められた。
ハイブリッドシステムの中心を担うのはもちろん水平対向6気筒エンジン。従来型の3Lに対して、排気量を0.6L拡大した3.6L水平対向エンジンを新開発。単体で最高出力485ps、最大トルク570Nmを発生する。高電圧システムの採用により、エアコンをベルト駆動ではなく電動駆動にするなどしてコンパクト化。エンジン搭載位置を110mm低めたことで、上部にパルスインバーターとDC-DCコンバーターなどのハイブリッド関連ユニットを収める空間を生み出した。
これに電動ターボチャージャーを組み合わせる。先代のツインターボからシングルターボ化し、ウェイストゲートを省くことで軽量化を実現。この電動ターボはタービンの軸部分に電気モーターが組み込まれており、ラグタイムなしにブースト圧を高めることが可能となっている。またこの電気モーターはジェネレーターとしても機能し、最大11kW(15ps)のパワーを発生する。
メインの駆動用モーターは、8速PDKのトランスミッションケースに組み込まれた永久磁石同期式のもの。アイドル回転数から最大150Nmを発揮し、エンジンをサポートする。400Vの電圧で作動し、最大1.9kWhの電力を蓄える駆動用のリチウムイオンバッテリーを、もともと12Vのバッテリーを搭載していたフロントトランク内に配置。12Vバッテリーは軽量化のため薄型タイプのリチウムイオンバッテリーに代替し、ボディ後部に搭載している。これらを組みあわせ、システムの合計出力は541ps、合計トルクは610Nmとなり、先代比で61psのアップをしている。
パワーアップ分はハイブリッドでまかなう
7月初旬、スペイン・マラガで開催された国際試乗会において、911初のハイブリッドモデルのステアリングを握ることができた。GTSを見分ける最大の特徴は、フロントバンパーの左右に5本ずつ配された縦長のフラップ。内側にも別のフラップが備わっており、ブレーキまわりやアンダーフロアへの整流、またウエットモード時の雨水の流れなどを統合制御する。高速巡航時など必要なパワーが最小限の場合は、フラップを閉めてエアロダイナミクスを最適化し燃費を低減。サーキット走行など冷却効果を高める必要があるシーンではフラップを開きラジエターに空気を送り込むなど走行状況に応じて自動で作動する。
インテリアデザインは基本的には前期型を踏襲したもの。大きく変わったのは2点で、1つめは、メーターがついに12.6インチの曲面フルデジタルディスプレイになったこと。911伝統の5連メーターをはじめ、全体をナビ画面にするなど表示は7パターンから選択可能。2つめは、エンジンの始動をスタート/ストップボタンで行うようになった。911ではこれまでキー(キーレスが導入されてからはノブ)をひねってエンジンを始動するポルシェ伝統の所作が受け継がれてきたが、いまや一般的なボタン式になった。
ボタンを押すと瞬時にエンジンが目覚める。始動時の音量は前期型よりも少し抑えられたように感じた。アクセルペダルをゆっくりと踏みこむと、アイドル回転数からモーターがアシストしてくれるだけあってターボラグなくなめらかに加速する。中央のメーターを見ると、回生時には左側にグリーンの、アシスト時には右側にブルーのバーの表示が伸びる仕組みになっている。一般道を走行している場面は2000〜3000回転まではアシストするが、それ以上の回転域では駆動は内燃エンジンにまかせて主に回生を行う。先述の電動ターボも使って回生するため、アクセルを踏んでいるのに回生するシーンがあるなど制御はとても複雑なもののようだ。したがってメーター表示ではグリーンとブルーのバーが左右にひっきりなしに伸縮している。
言われなければハイブリッドに気づかない
出発地点のホテルから峠道を超えて、目的地はマラガ郊外にある会員制サーキットとして名高いアスカリレースリゾート。全長約5.5kmの本格コースだ。ここではクーペボディの「カレラ GTS」と、「カレラ 4 GTS」を比較する。GTSには、車高を10mm下げたスポーツサスペンションと可変ダンパーシステム(PASM)、そしてこの後期型からリアアクスルステアが標準装備になっている。そしてオプションのアンチロールスタビリティシステムであるポルシェダイナミックシャシーコントロール(PDCC)は、ハイブリッドの高電圧システムに統合されており、システムの柔軟性と精度が高められている。
スポーツプラスモードでアクセルを全開にすると、一切のラグタイムがなく、7000回転まで加速していく。電動化の恩恵はアクセルレスポンスにあらわれており、アクセル操作に対してリニアに反応する。そしてPDCCをオンにしておけばロールも少なくわずかにステアリングを切り込むだけで向きが変わる。2WDと4WDとの挙動の違いはわずかで、アンダーステアの傾向もなくいずれもニュートラルに旋回する。コーナーからの立ち上がりの際には4WDではフロントタイヤを通して手のひらに力強い駆動力を感じる。
いわゆるターボラグがなく、かといってモーター音などが聞こえるわけでもない。言われなければハイブリッドに気づかないかもしれない。体感的にはまるで大パワーの自然吸気エンジンのようだった。それでいて、サーキットでは前期型ターボにも迫るような速さをみせた。単なるハイブリッドにはしないというポルシェの矜持を見た気がした。