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トヨタの開発部隊が「ハンドドライブ」のレーシングスクールに参加した理由は? 開発中の「キネティックシート」へのフィードバックに期待大です!

H.C.R.国際福祉機器展で出品となったキネティックシート。きれいに仕上がっており、ヘッドレストにはそのロゴも入り、製品化も近いイメージ?

健常者も参加できるレーシングスクール

2024年9月30日(月)、千葉県・袖ヶ浦フォレストレースウェイで、一般社団法人国際スポーツアビリティ協会が、今年3回目となる「HDRS(ハンド・ドライブ・レーシング・スクール)」を開催しました。HDRSは手動装置で車両の操作をするハンドドライブによるサーキットでの走行をするという、全国でも稀な体験および練習会です。そこにトヨタの「GRヤリス」&「ヤリス」の開発車両が参加、いったい何が目的なのでしょうか。

レース活動も視野に入れたプログラムも用意している

HDRS(ハンド・ドライブ・レーシング・スクール)は、一般社団法人国際スポーツアビリティ協会が主催するレーシングスクールである。その国際スポーツアビリティ協会は子どもから高齢者までの健常者、障がい者など万人に対して、スポーツ活動に対する支援、社会福祉活動、社会貢献活動を行い、万人の才能、技量を発展推進するための国内外交流活動、スポーツ振興、ビジネスを円滑にサポートする業務に寄与し、その目的を達成するための事業を行う団体だ。

団体の代表理事を務めるのは、車いすドライバーの青木拓磨選手。国内ロードレース選手権での大活躍の後、世界最高峰となる2輪ロードレース世界選手権(WGP)にステップアップした伝説のライダー。ただ、このWGP参戦2年目を前にした事前のテスト中の事故によって脊髄を損傷し、車いす生活を余儀なくされ、以後4輪ドライバーに転向し、ハンドドライブユニットを使ったマシンで各種レースやラリーに挑戦している。

このレーシングスクールは、ハンドドライブユニットを使用する際のドライバーの乗車姿勢やハンドドライブユニットならではのドライビングテクニックの講習という点にフォーカスした、他とは全く異なるスクールとなっている。ハンドドライブユニットでの走行はつねに片手運転となる。

サーキット走行を前に行われる広場練習では、ステアリングの素早い切り返しや急制動や急加速といったサーキット走行はもちろん一般道でも万が一の時に必要とされる操作を何度も反復練習する機会が設けられ、その後サーキットのコースでの走行となる。ドライビングレッスンが中心だが、レーシングスクールと銘打つとおり、いずれはサーキットでのレース活動も視野に入れたプログラムも用意している。

スクール自体は障がい者限定ではないので、一般健常者も参加可能。ただ、参加費用は障がい者は健常者に比べて大いに割引されているのがその特徴となる。車両は基本的に参加者自身の車両を持ち込んで走行することになるが、別途、アクティブクラッチやグイドシンプレックスといった手動装置を組み込んだレース用車両の日産「マーチ」やホンダ「N-ONE」もレンタル車両として用意されている。またハンドドライブ車両で走行する青木選手の助手席同乗体験プログラムも用意されている。

トヨタの「キネティックシート」開発の場としても活用されている

また、このスクールに合流する形で、トヨタが現在開発を進めている「キネティックシート」の開発部隊とその開発車両がこの場に持ち込まれている。「キネティックシート」とは、人の骨格の動きに合わせて座面と背もたれが、骨盤と背骨の運動軸まわりにそれぞれ動くことで、頭部の揺れを抑え、身体への負担を軽減するというもの。現在開発が続けられており、フィードバックを得たいということで、このHDRSの場では、トヨタに在籍するパラアスリートの方をはじめとした機能障がいを有するトヨタ社員が試乗をし、青木拓磨選手やHDRS参加者も試乗する機会も設けられている。

会場には開発中の「キネティックシート」を装着した「GRヤリス」と「ヤリス」の2台が持ち込まれたわけだが、今回は開発スタッフが実際にそのステアリングを握って積極的に走行することとなった。これまでは開発スタッフが助手席に同乗してはいたが、キネティックシートをインストールしたドライバーズシートに座って走行をすることはあまりなかった。

参加したのは、トヨタ自動車の先行技術開発カンパニーの棚橋亮介さんと同じく東富士研究所の不破和樹さんの2名。キネティックシートの製品化企画を担当している棚橋さん、そして実際の性能評価をする不破さんという位置づけだ。

 「自分たちはハンドドライブというもの自体がよくわかっていない。今までの操作系とは違う価値があり、今回はそれを学ぼうということでやってきました。これまでハンドドライブ車については乗ったことはありますが、ただ乗ってみてどうだったというものでなく、(今後開発を進めていく際に)ハンドドライブを評価できるようにならなければいけないのではないか、ということになり、ではまずはやってみようということで、ドライバーとして参加することになりました」(棚橋さん)

ハンドドライブを理解する必要がある

彼らが現在取り組んでいるのはシートの開発であるわけだが、それでも開発を進めていくには、その使用環境についても知らなければならない、ということなのだろう。そもそもトヨタ社内ではペダルを踏むことを前提で評価をしてきていて、ハンドドライブの評価ということ自体が存在しない。ハンドドライブをまずは自分たちで学ぼう、ということのようだ。手動装置をしっかりと評価できないと、使用する皆さんの語る「当事者としての話」もわからないということがある。

今回ドライバーとして走り込んだ2名はともにクルマ好きだが、もちろんハンドドライブユニットを使っての本格的な走行の経験はない。これまでは走行安定性や乗り心地性能の評価検討を担当してきたという不破さんは、次のようにコメント。

「まずは難しいのひと言です。ハンドドライブユニットの面白さはあるのですが、やっぱり足のほうが慣れているし、コントロールしやすいってのはありますし、すべてを手で行う難しさもあります。ただ、手のほうが細かな感覚もあるので、いろいろなフィードバックがよりよくわかり、より繊細な操作ができるのではないかな、ということも感じました。

我々の車両テストでは常に両手でステアリングを握っていなければなりません。しかしハンドドライブは、片手でスピードのコントロールをし、もう一方の手でステアリングを動かさなければなりません。つねに片手運転になるわけです。社内的にはやっちゃいけないことをやっているって状態です(笑)。ですので、社内に評価項目ってのもないですしね。

ドライビングポジションが合わせづらいってこともありました。ステアリングは運転者に対して下から斜めにレイアウトされています。ハンドルを握り変えながらつねに同じ高さのところを握ることができる両手運転と違って、つねに片手でハンドルを動かさなければならないハンドドライブの方の場合、ステアリングの上方は身体から遠くなり、下方では身体に近すぎて窮屈で操作がしづらいということもわかりました。そのあたりの調整シロなども評価項目としていけたらと思いました」

棚橋さんは次のように話す。

「左に曲がるときと右に曲がるときで身体の使い方が違うことや、加減速操作をしながらだとすごくしんどいってことは経験がなくて気が付かなかったです。やってみるといろいろ発見があります。身体の使い方はもちろん、機能障がいを持つ人もそれぞれですから、操作系の選択肢があることも必要だと感じました。自分に合った操作系を選択できるようになればいいですね。

今回のようなこの経験や気づきからくる新たな提案も今後していけるかもしれませんし、良いところと困るところも含め、これまで気づかなかったことも多く、さきほどの片手運転もそうですが、片手運転を前提とした評価ということも見ていかねばならないとも感じています」

今回のハンドドライブの評価については、あくまでも「キネティックシート」の開発のためとのこと。だが、このフィードバックが「キネティックシート」以外にも波及することは想像できるし、この知見がどのように活かされ、さらにコクピットまわりにどう影響をあたえることになるのか、今後も開発の行方に注目したい。

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