中国はなぜEVを過剰に作り、タイではEVが売れているのか
欧州ではEVへのシフトのスピードが鈍ってきています。その一方で中国ではますますEVを生産し続け、近隣諸国への輸出攻勢を進めています。それに呼応するようにタイでは、政府によるEV推進が行われています。農村地区など、充電設備などのインフラが整っているのか心配になりますが、どうしてタイでEVを推進しているのか、長年バンコク国際モーターショーを現地で観てきた斎藤 聡氏が分析します。
中国メーカーの多さに驚いた!
今年も「第45回バンコク国際モーターショー2024」が2024年3月27日から4月7日の日程で、バンコク郊外のコンベンションセンターIMAPCTで開催された。いま世界的にはモーターショーの規模が縮小傾向にある。東京モーターショー、デトロイトモーターショー、フランクフルトモーターショー(→IAAモビリティ)……いずれも例外ではない。そんな中にあって、バンコク国際モーターショーは、ほぼ右肩上がりの活況を呈している。
第45回バンコク国際モーターショー(BIMS)の来場者数は、前年並みの約161万972人を記録。依然として高い人気と注目度を持っている。このモーターショーの特色はモーターショーで来場者が自動車やバイクの購入予約ができること。モーターショーでありながら新型車トレードショーとしての側面も持っているのだ。
ちなみに、2024年の自動車・バイクの成約台数は前年比26%増の5万7933台。自動車は5万3438台で、前年比24.6%増だった。このうちBEVが1万7517台(前年比89.7%増!)を占めた。そう、EVの躍進が2024バンコク国際モーターショーの大きなトピックスとなった。
会場に足を踏み入れてまず驚かされたのが中国メーカーの多さだった。2023年は、中国メーカーがバンコク国際モーターショーに進出してきたことに驚かされたが、2024年は8メーカーが出展しいよいよタイ政府が推し進めているEV推進の動きと中国のASEAN進出の動きがリンクして大きなうねりになっていると感じられた。
もともとタイは日本の自動車メーカーが圧倒的な強さを誇っていた、言わばASEANの牙城。EV化の波にどう対応しているのか気になるところだが、日本車勢ではホンダのタイ製EV「e:N1」や、スズキのEVコンセプト「eWX」、いすゞの「D-MAX EVコンセプト」、トヨタの「ハイラックスRevo-e」などEVのコンセプトカーは出展していた。
そのほかはハイブリッドモデルで、レクサスのハイブリッドクロスオーバー「LBX」、三菱のタイ製ハイブリッドMPV「エクスパンダーHEV」、マツダのロータリーエンジン搭載のプラグインハイブリッド「MX-30 eSKYACTIV R-EV」などが出展されており、EV化の動きに対して、日本国内の温度感とさほど変わらないものだった。
会期中の販売台数に異変が……
ショー期間中の、自動車販売台数上位ブランドの1位はトヨタで、不動の力を誇っているが、2位にBYD(比亜迪汽車)、3位ホンダ、4位MG(上海汽車)、5位三菱。以下、Changan(長安汽車)、AION(広州汽車)、GWN(長城汽車)、いすゞ、日産、マツダ、メルセデス・ベンツ、NETA(那吒汽車)、スズキ、フォード、起亜、現代、BMWという順(HEV含む)。
これまでタイでは圧倒的な強さを見せていた日本メーカーだったが、2024年は中国メーカーが上位に食い込む結果となった。
2023年の中国メーカーの出展は、MG、GWM、BYD、NETAで、この4社の出展だけでも驚いたが、2024年は4社に加えてAION(広州汽車)、CHANGAN(長安汽車)、ZEEKR(吉利汽車)、XPENG(小鵬汽車)が増えた。
2023年の筆者のレポートでは、「まだEV歓迎の空気感ではない」といった意味合いの内容を記したが、いざ2024年のモーターショーを見れば8つの中国EVメーカーがそれぞれに広い出展ブースを構えていた。モーターショー開催中のEVの販売台数は前年比約90%増。飛躍的に販売台数を伸ばす結果となった。
VIPデーや一般開催日にブースを回っても、中国メーカーに多くの人が集まり、熱心にクルマに触れ、あるいは観察しているのを見ることができた。そしてブースの裏手に回れば、商談テーブルが購入希望者で埋まっていた。
2024年に入って、世界規模のEV推進の動きがややトーンダウンしている。とくに積極的にBEV化を進めていた欧州自動車メーカーが軒並み完全BEV化の先延ばしを口にしだしたのだ。
EV推進の風は欧州とは別の動力源だった……?
そんな中、なぜタイではハイテンションにEV化を推進しているのだろう。その理由はいくつか考えられるが、最も大きな要因となっているのが中国だ。
中国が国を挙げてEVを推進している。欧州でEVが振るわないのは、単純に補助金が減額され、あるいはなくなって割高になったことが大きい。もちろん競争力のある内燃機関を作る技術力があるというのがベースにある。
一方、中国では自動車先進国並みの内燃機関を造るには、クリアしなければならないハードルが多い。しかしEVであればハンディがない。中国政府は、「支配的地位の確立を目指す産業分野のひとつ」としてEVを位置付けており、地方政府に政策の強化を求めている。
これをうんと意訳すると、「内燃機関で世界制覇はできないけれど、EVならそれができるので国を挙げて推進するぞ!」ということになる。
ASEANと中国の間で結ばれているゼロ関税協定からもわかるように、中国はASEAN地域にとても大きな影響力を持っており、これはEVに関しても例外ではない。ASEAN地域にいま吹いているEV推進の風は、じつは欧州とは別の動力源……つまり中国によるものなのだ。
積極的に工場建設が進められている
タイのEV事情に戻ると、タイ政府がEVを推進していることも、タイ国内でのEV販売増加に拍車をかけている。2023年でいうと、7〜15万バーツ(約28〜60万円)のEV購入補助金を提供する。
その一方で2023年に補助金を受けて輸入販売したメーカーは、販売したEVの台数分だけ2024年中にEVをタイ国内で生産しなければならないという取り決めになっている。タイ国内生産が2025年にずれ込むと1台につき支給した補助金の1.5倍を支払わなくてはならない。
これがタイへのEV進出のハードルになるのではないかという考えが一瞬頭の隅をよぎったが、タイにおけるサプライチェーンの充実を考えれば、むしろ進出し生産工場を建てる方がメリットが大きいと言え、積極的に工場建設が進められている。
2009年〜2022年まで、中国では新エネルギー車支援として総額25兆円超の補助金が拠出された。そのため多くの企業がEV生産に参入した。そして、これが過剰生産の要因を作ることにもつながったのだ。
工場の稼働率が上がらず、各メーカーの利益率はじつはそれほど高くなっていない。そんな背景もあって、中国メーカーは世界に進出する動きを見せている。そのひとつがタイというわけだ。
深く広くEVの販売が浸透していく動きが見えてきた!
中国自動車メーカーにとって、タイはASEAN地域の自動車生産大国であり、部品のサプライチェーンの構築も容易。タイも国を挙げてEVを推進しているため、進出しやすい土壌がある。
組み立て工場も、上海汽車(MG)は2014年から、長城汽車(GWN)は2021年から現地生産を始めている。ネタも2023年11月に5万台規模の工場を稼働。広州汽車(AION)も7月中に工場を完成させており、BYDが2024年7月に乗用車工場の竣工式を開催する。さらに長安汽車紀淡汽車も建設計画が進められている。
2022年、タイ国内での自動車販売台数は日本車が8割以上を占めており、圧倒的な強さを誇っていた。販売台数では、現在もトヨタが圧倒的な強者として君臨しているが、今後中国メーカーが本格的に現地生産に入ると、2024年のバンコク国際モーターショー期間中の販売台数のようにガラリと勢力図が変わる可能性も否定できない。
タイ国内では、減額されたとはいえ依然としてEV補助金が支給されており、いくつかの中国メーカーは減額を補う形でEV車の値下げを行うなど、いよいよ深く広くEVの販売が浸透していく動きがみられるようになった。
バンコク国際モーターショーは、数少ない活気のある自動車ショーであり、ショー自体に見ごたえがあり楽しいが、同時に、台頭する中国メーカーをちょっとだけ深掘りしてみると、欧米の経済圏とは異なるアジア・ASEAN地域の政治・経済の動きが見えてくる。
バンコク国際モーターショー関係者筋の話によると、2025年は展示ホールを拡大し、新たに2社中国メーカーが出展を予定しているという。そしていよいよ本格稼働を始める中国自動車組立工場。はたしてタイのEVシーンはどんな風に変化し、あるいは加速していくのかだろうか。そして、それはASEAN地域の動きの縮図のようにも見え、いよいよバンコク国際モーターショーが楽しみだ。