メルセデスAMGのファクトリー訪問
ドイツ在住で、欧州のモータースポーツ取材を中心に活動している池ノ内みどりさん。今回は、メルセデスAMG本社のファクトリーツアーへ参加し、エンジン職人へ取材を行いました。ひとりのマイスターが1基のエンジンを最初から最後まで責任を持って組み上げている「One Man, One Engine(ワンマン・ワンエンジン)」の裏側とは……?
極少人数で2時間のファクトリーツアーへ
エンリコさんの運転でメルセデス・ベンツ「Vクラス」に乗せていただき、メルセデスAMGの本社があるアファルターバッハへ到着しました! 土日はショールームがお休みなのでひっそりとしていますが、久々に来たアファルターバッハには建物が随分と増えていてとても驚きました。
メルセデスAMGの本社の住所はアファルターバッハの「ダイムラー通り1番地」なのですが、じつはBMWのMの住所もミュンヘン郊外のガルヒングではありますが「ダイムラー通り」なんですよ! ライバル社同士の所在地は違いますが、通りの名が同じなんてなかなかありませんよね。
この日は、メルセデスAMGのモータースポーツセクションのカスタマーレーシングのイベントでした。とはいっても極少人数で、なごやかな会です。まずはメルセデスAMGとHWA(メルセデスAMGのレース車両の制作や運営を長年請け負っていたコンストラクター)のファクトリーツアーです。たっぷりと2時間以上はあったでしょうか。以前に両社ともに伺ったことはありましたが、何年かぶりにまたファクトリーへお邪魔すると、随分と変わっている部分もあって新鮮でした。
残念ながらメルセデスAMGのオーナーズラウンジ以外での撮影は禁止されており、スマートフォンのカメラのレンズ部分にステッカーを貼ってツアー開始。通常はショールームでの撮影はOKなのですが、エンジンファクトリーへ行く予定があり、ショールーム内でステッカーを外すことはできませんでした。
ワンマン・ワンエンジンに隠された裏側とは
敷地内の写真はありませんが、私の大好きなカモフラージュの開発車が敷地内に数多く停められていて、とんでもない数のセキュリティカメラとシステムで監視されています。やましいことや不審な動きは一切していませんが、なぜかドキドキ(笑)。このメディアのイベントのために、3名のエンジン職人の方々が日頃のお仕事風景を見せてくださいました。
クルマ好きなら誰もが憧れる「One Man, One Engine(ワンマン・ワンエンジン)」。ボンネットを開けると、エンジンを組み上げた職人のサイン入りのエンブレムが中央に見ることができます。あのサインのデータを取る際には、じつは事前に何回も練習をされるそう。実際にデータに読み込んでからも若干修正が加わるそうですが、ご自身のサインがそのまま一生残ることもあり、とても緊張するそうです。
ファクトリーで丹精込めて作られたエンジンが搭載された愛車のオーナーさんたちが、その職人の方をSNSで探して世界中からメッセージが届くそうなのです。「こんなに栄誉なことはありません」とおっしゃる職人さん。メッセージだけではなく、旅行も兼ねて世界各国からアファルターバッハまで訪ねて来られるオーナーさんもいらっしゃるとか。
のどかな村で世界最高峰のクルマを作るということ
「このメルセデスAMGのファクトリーで職人として一人前になることが夢だった」と語ってくださった方は、ほかの自動車メーカーならば大きな工場で誰が作ったか分からないエンジンがラインに載って組み込まれるとあり、生涯を捧げる仕事としての魅力はあまり感じなかったそうです。しかしメルセデスAMGのワンマン・ワンエンジンを学生時代に知り、これこそが自分の夢の職業だと直感したとおっしゃっていました。とはいっても誰でもなれる職業ではありませんし、高い技術を要するだけに入社さえも非常に困難ですから、学生時代から夢に向かって一生懸命勉強して職業訓練に励まれ、その夢が叶った今、毎日が充実してこの選択が正しかったと実感されているそうです。
ちなみに、「ご自身が作られたエンジンが搭載されている車両を運転する機会はあるのでしょうか?」と聞いてみたところ、多くはありませんが、社内外の行事でそのような機会が設けられている場合があるそうです。ご自身のエンジンのポテンシャルを体感するのは、とても感慨深くエモーショナルなのだとか。
この職人3名のうちのおひとりは、このエンブレムをネックレスにしてご両親にプレゼントしたところ、感涙されたエピソードを語ってくださいました。それほど地元を代表するハイレベルで特別な職業だということを実感しました。
アファルターバッハは人口がわずか400名の小さな村ですが、この村で働くメルセデスAMGの方々はざっと3000名もいらっしゃるそうでビックリしました。こんなのどかな村から世界最高峰のひとつである超ハイパフォーマンスラグジュアリーカーが誕生しているなんて、想像もつかない方も多くいらっしゃるでしょうね。
この日の日本人招待ゲストは私のみだったのですが、本社前に日の丸を掲げて歓迎してくださり、本当に驚いたと同時に感動しました。たとえ国や言葉は違っても「おもてなし」の精神や心は日本だけのものではないと実感したのでした。