日本一速い男が乗った稲妻レースカー
星野一義選手が豪快に乗り回し、スーパーシルエットレースを戦ったホシノインパル「ニチラ シルビア」。白いボディに黄色い稲妻を模した迫力のあるレースカーの存在感は抜群でした。今回は、このホシノインパル ニチラ シルビアを自分好みに再現した“かずあき”さんの渾身の力作を紹介します。
プラモデル作りのプロが実車製作に挑戦
1979年から開催された「富士スーパーシルエットシリーズ」を見て衝撃を受けた人は多いはず。それまでのツーリングカーレースは厳しいレギュレーションによって、市販車に近いレーシングカーがほとんどだった。しかし、このスーパーシルエットに限ってはグループ5規定に基づき、ワイドフェンダーの装着が認められた。太いタイヤに低い車高、サイドマフラーに加えてハイパワーターボエンジンの搭載など改造範囲が広く、スタイルもスピードも過激なレースとなり、当時のクルマ好きの若者を熱狂させた。
この異色のツーリングカーレースで人気を博したレースカーが、日産ターボ軍団の柳田春人選手が操るKY910型「ブルーバード ターボ」、星野一義選手のKS110型「シルビア RSターボ」、そして長谷見昌弘選手のKDR30型「スカイライン RSターボ」の3台だった。
山梨県在住の“かずあき”さんも、幼い頃に日産ターボ軍団の衝撃的な走りを目の当たりにして衝撃を受けたひとり。レースカーがとくに好きで幼少期からプラモデル作りにハマり、その腕前はプロモデラーになるほど。これまでにも市販化されていないさまざまなレーシングカーを完成させてきたが、今度は実物スケールで作りたいと挑むことに。そうした経緯で完成したのが、1982年に登場したホシノインパル「ニチラ シルビア」というわけだ。
“かずあき”さんは、星野一義選手が派手なアフターファイアを出しながらサーキットを疾走するシルビアの姿が忘れられず、現車を作るならこのレースカーしかないと決めていたそうだ。
街道レーサーテイストも盛り込む
ベースとなるクルマを購入して製作を進めるが、さすがにプラモのようには行かず、このサイズ感になると失敗と苦労の連続だったという。
「現車の製作前にはプラモデルを作って細かい造形作りを行い、単純に大きくすれば“完成”なんて、安易に考えていたのが大間違いでした。基本的にボディはFRP製で作り込んでいますが、実際にパーツを組み合わせていくとプラモデルのようなイメージのクルマにはならず、修正、加工の繰り返しでした」
ボディ加工の段階では、フルレプリカというよりは“かずあき”さんが好きな街道レーサーテイストも盛り込みながら製作。実際のレースカーよりも長いフロントノーズを取り付け、デッパを強調するなどのオリジナルモディファイを楽しみながら完成させた。
ホイールはレースカーが当時履いていた「シルエットG5」を装着
また、実際のレースカーが当時履いていたホイールとして大ヒット作となった「シルエットG5」を履かせているのもポイント。じつはこのホイールの名称はデビュー当時「D-01」だったが、そこから「D-01シルエット」と名前を変え、さらに「シルエットG5」となった。
今見ても斬新な逆十字型スポークデザインのホイールは、シルビアに履かせるのがもっともふさわしいモデルといえる。ちなみにこのホイールのG5とは、グループ5のレースカーとしての証という意味を含んでいる。
フル自作によって再現した“かずあき”さん渾身の力作は、作り込みも素晴らしい。さすがにエンジンまではレースカーのようにはいかず、サイドマフラーからアフターバーナーも出ないが、その作り込みは徹底している。細部の造り込みに妥協なし、これぞ公道仕様のシルビア スーパーシルエットである。
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