英国向け仕様のホンダ S800がオークションに登場
2010年代以降、日本製クラシックカーは国際マーケットにおいても、その人気を確たるものとしているようです。今回は、英国の「アイコニック・オークショネアーズ」社が2024年12月に英国ウォリックにて開催したオークション「The Classic Sale at the Warwickshire Event Centre」に出品されたホンダ「S800マーク2 クーペ」をピックアップ。日本ではほぼ知られていない、S800マーク2のあらましと、注目のオークション結果についてお伝えします。
実用本位の「ビジネスマン特急」を自認したハッチバッククーペ
財務担当者ではなく、エンジニアが意思決定を行っていた時代に現れた、驚異的テクノロジーの結晶。ホンダ「S800」は、1963年発表の「S500」に端を発する一連のホンダ「エス」シリーズの最終形である。
最大でも791cc・70psという、小さな排気量をまるで感じさせないパワーと素晴らしい高性能を発揮するいっぽうで、まだまだ劣悪だった当時の道路事情のもとでも充分な耐久性と実用性を有していたことも、エスの大きな美点といわねばなるまい。
とくに「S600」時代の1964年12月から追加された、リアに実用的なハッチゲートとトランクを持つクーペは「ビジネスマンズ・エキスプレス」を自ら標榜していた。
ところが、現行の軽自動車規格よりもはるかに小さな車体に組み込まれた高度なテクノロジーは、当時の技術レベルでは依然として未消化の部分もあり、結果として度重なる改良が必要になってしまうのだ。
まずは今から約60年前、1964年1月からデリバリーが開始されたS500だが、同じ1964年1月には早くも進化拡大版のS600がデビューしていた。そののちもS500はしばらくの間併売とされたが、同年9月をもって生産を終える。
また、S500に取って代わったS600だが、このモデルも寿命は決して長くなかった。1965年10月30日開幕の東京モーターショーにて、次の後継モデルとなる発展型S800がデビューしたことに伴って、翌年にはフェードアウトすることになるのだ。
イギリスでは独自のネーミングが与えられた
こうして、1966年1月から日本国内で発売されたS800には、同じ年の6月にチェーン駆動式の後輪独立懸架を廃して、コンベンショナルなシャフトドライブ+リジッドアクスル(ホンダでは英国式に「ライブアクスル」と呼んでいた)の後脚に変更するという、かなり大規模なモディファイが施されることになる。
これら一連のホンダ「エス」の特徴は、当初から輸出を意識していたこと。そして輸出向けのS800は、S500以来のチェーンドライブ式ではなく、整備性に優れたライブアクスルへと移行したことにある。
そして1968年2月には、輸出向けのS800にすでに採用されていた2系統の前輪ディスクブレーキやラジアルタイアを標準装備化。また、北米の安全基準に合わせて3点式シートベルトやフラッシュマウントのインテリア・ドアハンドル、安全ガラスのウインドスクリーンを装備したほか、外観でも前後フェンダー先端にリフレクターを装着するなどの改良が施されたファイナル版「S800M」へと発展を遂げるのだが、これが英国を含む海外マーケットでは「S800マーク2(Mk-II)」なる独自のネーミングが与えられたとのことである。
そして日本仕様では、「S800M」登場と時を同じくしてクーペ版が廃止。ロードスターのみの体制となったS800は、結局1970年5月をもってすべての生産を終えることになったのだ。
やっぱりエスを探すなら日本国内が安心……?
英国アイコニック・オークショネアーズ社は、2011年に「シルヴァーストーン・オークション」として創業。2023年8月に現在の屋号に改組して再スタートを図ったという、自動車オークションビジネス界では比較的新しい勢力ともいうべきオークション会社である。
同社では、ほぼ隔月のペースでオンライン形式のクラシックカー/コレクターズカーのオークションを開催するほか、英国各地のカーショーやクラシックカーレースなどのオフィシャルオークションも拝命。さらに自社開催の対面型オークションなども積極的に展開している。
そんなアイコニック社が今回の「The Classic Sale at the Warwickshire Event Centre」に出品した、この輝く小さなクーペは「S800マーク2」として正規にイギリスへと輸出された右ハンドル車で、初登録は1969年2月6日との記録が残っている。
残念なことに、英国で新車として初登録されて以降の来歴は特記されていないものの、オークションの公式カタログ作成時点でオドメーターは4万6355 マイル(約7万4000km)を記している。
ただしこの距離計については、半世紀以上に及ぶ車齢を思えば1周、ないしは2周回っている可能性も充分にあり得るのだが、それでも数年前に素晴らしい水準に再仕上げされ、現オーナーの所有期間中については、必要に応じて定期的にメンテナンスされているとのことである。
そして今回のオンライン入札に先立ち、アイコニック・オークショネアーズ社は「クラシカルなウルフレース(Wolfrace)社製アロイホイールを履いた、この小さなホンダは素晴らしいコンディションで、よく走り、再び意図したように楽しむ準備ができています」というPRフレーズとともに1万2000ポンド~1万5000ポンド(邦貨換算約234万円〜約292万円)という、かなりリーズナブルにも映るエスティメート(推定落札価格)を設定した。
ところが、この控えめな価格設定を行ったにもかかわらずビッド(入札)は思ったように伸びず、終わってみればエスティメート下限をようやくクリアする1万2600英ポンド。現時点のレートで日本円に換算すれば約246万円という、日本国内におけるS800クーペの相場価格も下回りそうなほどの安価なプライスで落札されることになったのだ。
とはいえ、たとえこのオークション結果と同等の条件のもと、海外でS800マーク2 クーペを入手できたとしても、もしも日本に持ち帰るならば、新型コロナ禍以降は大幅に高騰している輸送費や、日本での車検・登録にまつわる費用も必要となり、それらを合算すれば日本国内のスペシャルショップでS800クーペを購入するのと変わらないか、おそらくはそれ以上になってしまう可能性が高い。
日本国内向けの純正「エスハチ」には存在しないという「S800M」+「クーペ」の正規モデルであることに価値を見出す、ごく少数のコレクター気質な上級エンスーを除けば、やはりタマ数も比較的豊富な日本で探すのが安心と思われるのだ。