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  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • ライター。現在の愛車は、SUBARU R1、Honda GB250 クラブマン、Honda Lead 125。クルマに関わる、ありとあらゆることの探訪が趣味。1955年、岡山県倉敷市生まれ。モータースポーツ専門誌の地方通信員として高校時代にレース取材を開始。大学卒業後、就職して同誌の編集部に配属。10年間のサラリーマン生活を経て90年4月からフリーランスに。モータースポーツ関連の執筆に加え、オートキャンプからヒストリックカーイベントまで幅広く取材。現在ではAMWに、主にヒストリー関連コラムを執筆。またライフワークとなった世界中の自動車博物館歴訪を続け、様々な媒体に紹介記事を寄稿している。

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国民車構想で生まれたトヨタ「パブリカ」の車名は一般公募だった! ネーミングのもととなった本来の意味とは?

1955年に通産省(現在の経済産業省)が計画した「国民車構想」をキッカケに開発がスタートしたトヨタ・パブリカは、1961年に登場し、1969年まで販売されました。ちなみに車名のパブリカは一般公募によって決められています。同車の魅力を振り返ってみよう。

懐かしの「トミカ シェブロン」が走った! 潜望鏡がついた「アバルト」も富士スピードウェイに集結した眼福のイベントとは

2022年8月27日、富士スピードウェイでは「Fuji SPEED FESTIVAL FOR ENTHUSIAST 2022」と銘打ったクルマ関連イベントが開催されました。なかでも注目されていたのが、観戦型コンテンツの『伝説のF2マシンが走る!』でした。

日産「マッチのマーチ」の系譜が終了! 「スーパーシルエット」から全日本ラリーまでホットハッチとしての初代の活躍を振り返ろう

2022年8月末に国内販売の終了がアナウンスされた、日産のサブコンパクトモデルが「マーチ」です。中でも1982年に登場した初代モデル(K10型)は、モータースポーツシーンでも活躍していました。今回は初代マーチを振り返ります。

マツダ「コスモAP」は昭和の斬新スタイルだった! いま見てもカッコいい高級スペシャリティカーとは

1975年に登場したマツダ・コスモAPは、2種類のロータリーエンジンと1.8Lリッターのレシプロエンジンが用意されていました。車名のAPとは、アンチポリューション=公害対策を意味しています。いま見るとデザインも特徴的でした。あらためて同車を振り返ります。

ランエボの先祖だった「三菱ランサーEXターボ」を知ってる? 80年代にラリーで活躍した「ランタボ」がすごかった!

1979年から1987年まで生産されていた三菱ランサーEXターボ。ターボモデルはクルマ好きから「ランタボ」の愛称で親しまれました。国内はもちろん、国外のラリーでも好成績を残しインパクトを与えました。ここではあらためて同車の魅力について振り返ります。

「決定! 世界一美しいクルマはアルファ ロメオ」気になる「ティーポ33」の生産台数・現在の相場・兄弟車をお教えします

1967年に登場したアルファ ロメオTipo33/2ストラダーレ。当初、50台を生産することが予定されていましたが、諸般の事情によって18台が生産されました。そんな貴重なモデルが自動車オークションに出品された場合、10億円以上の値がつくとも言われています。

日産「チェリー」は「和製ミニ」だった!? 「カローラ」や「サニー」の肥大化を横目に「イシゴニス式」FFで小型化を実現

1970年に登場した日産チェリーは、同社のサニーと同じエンジンを搭載したエントリーモデル。のちのモデルチェンジで、スポーティーバージョンも登場し、若者に人気でした。1971年からはモータースポーツでも活躍し、富士マイナー・ツーリングレースで優勝をしています。

いま見ると超絶カッコイイ「クラウン」はなぜ当時不人気だったのか? 「クジラクラウン」を今こそ見直そう!

1971年に登場したトヨタ・クラウン。“スピンドル・シェイプ(紡錘形)”と呼ばれた先進的で個性的なスタイリングが印象的でした。しかし、マーケットでの苦戦は続きます。フェイスリフトをするも3年8カ月で生産終了してしまった、同車の魅力を振り返ってみましょう。
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