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  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • ライター。現在の愛車は、SUBARU R1、Honda GB250 クラブマン、Honda Lead 125。クルマに関わる、ありとあらゆることの探訪が趣味。1955年、岡山県倉敷市生まれ。モータースポーツ専門誌の地方通信員として高校時代にレース取材を開始。大学卒業後、就職して同誌の編集部に配属。10年間のサラリーマン生活を経て90年4月からフリーランスに。モータースポーツ関連の執筆に加え、オートキャンプからヒストリックカーイベントまで幅広く取材。現在ではAMWに、主にヒストリー関連コラムを執筆。またライフワークとなった世界中の自動車博物館歴訪を続け、様々な媒体に紹介記事を寄稿している。

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打倒ポルシェ! ジャガーが31年ぶりにル・マン24時間の王座を奪還するまでの長い道のりとは

ル・マン24時間レースで6連勝を果たしたポルシェ956/962C。世界中のメーカーが「打倒、ポルシェ!」を合言葉に競争力を磨いてル・マンにこぞって参戦を続けてきました。そしてポルシェ打倒を目指したメーカーの、先陣を切ることになったのがジャガーでした。

最強最速のポルシェは「956/962C」で間違いなし! ル・マン6連勝を記録したマシンの栄光の軌跡とは

1976年にポルシェ936で初めて総合優勝を飾ったポルシェは、以後もターボの性能を磨き上げていきました。1982年には、新たなグループC規定に則った956が登場するやいなや、1985年まで4連勝! 今回は956/962Cを振り返ります。

ポルシェ「936」がターボエンジンとして初のル・マン制覇! アルピーヌとの違いは信頼性の高さでした

1976年のル・マン24時間レースにワークス・ポルシェがカムバック。同年のル・マン・デビューとなった936は、ポールポジションをルノー・アルピーヌに譲ったものの決勝では常に優位なレースを展開しました。同車を振り返ります。

ポルシェの悲願だったル・マン初制覇!「917」は伝説の王者でした

ポルシェのル・マン24時間初参戦は1951年の第19回大会で、以降クラス優勝を重ねていきました。マシンをアップデートし、ポルシェが初めて総合優勝を争うようになったのは1968年の第36回大会からとなります。伝説の王者となったポルシェ917を振り返ります。

ル・マン3連覇したのはフェラーリではなく「マトラ」でした! 70年代の新レギュレーションで主役になったフランスのメーカーとは

フェラーリやフォードに続き、ル・マン24時間レースの主役となったのは、フランスのスポーツカーメーカー、マトラ・オトモビルでした。自動車メーカーと言うよりもレーシングカー・コンストラクターとしての知名度の方が高いかもしれません。ル・マン王者になるまでを解説します。

【ル・マン4連勝】フェラーリを完膚なきまでに打ち負かした「フォードGT」は、歴史的王者になった!

戦後のル・マン24時間ヒストリーで一連のフェラーリを最初の王者とするならば、それに続く王者はフォードGTです。GT40の愛称で知られるフォードGTは、フォードがル・マンを制するために、何よりもフェラーリを打ち負かすために開発されたマシンでした。今回はフォードGTを振り返ります。

フェラーリの伝説を残したチャンピオンマシンたち。「ル・マン24時間」100周年を記念して歴代モデルを振り返ります

2023年はル・マン24時間レースの100周年メモリアル大会です。そこで、これまでル・マンで活躍し王者となったクルマたちを振り返ってみようと思います。今回はミッドシップ・エンジンのレイアウトが一般的となった頃からのフェラーリのチャンピオンマシンを紹介します。

「NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース」がスタート! メインスタンド裏ではNAPAC会員のPRステージが開催!! レースクイーン4人も登壇して会場を盛り上げました

富士スピードウェイで開催されたENEOSスーパー耐久シリーズ第2戦、NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レースが2023年5月27日(土)の午後、決勝レースがスタート。イベント広場ではNAPACの会員によるステージイベントが行われました。
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