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  • 島崎 七生人(SHIMAZAKI Naoto)
  • 島崎 七生人(SHIMAZAKI Naoto)
  • 1958年生まれ。大学卒業後、編集制作会社を経てフリーランスに。クルマをメインに、写真、(カー)オーディオなど、趣味と仕事の境目のないスタンスをとりながら今日に。デザイン領域も関心の対象。それと3代目になる柴犬の飼育もライフワーク。AMWでは、幼少の頃から集めて、捨てられずにとっておいたカタログ(=古い家のときに蔵の床が抜けた)をご紹介する「カタログは語る」などを担当。日本ジャーナリスト協会会員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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「初代シティ」「ワンダーシビック」「バラスポCR-X」! ホンダ車が「キラキラ」だった黄金時代を振り返る

1980年〜90年代にかけて、ホンダはヒット商品を連発していた。コンパクトカーのシティやシビック。セダンやクーペのプレリュード、インテグラ……S-MXやCR-VといったミニバンやSUVも爆売れしていた。そこで今回は、ホンダの黄金期を振り返る。

「いすゞ」懐かしの名コラボ! クルマ好きをワクワクさせた「イルムシャー」と「ハンドリング・バイ・ロータス」とは何だったのか?

イルムシャーとハンドリング・バイ・ロータスといば、かつていすゞにラインナップされていたコラボレーションブランドだ。ジェミニやピアッツァ以外にもアスカにも設定があったし、SUVモデルにも存在していた。ここでは、2社のコラボレーションカーについて振り返る。

名門いすゞの超異端児! 売れば売るほど赤字だった幻のSUV「ビークロス」とは

いすゞビークロスの登場は1997年3月。プロトタイプは1993年の第30回東京モーターショーに出品された。この時の高評価が後押しとなり市販化へ繋がったのだ。まるでモーターショーの会場から出てきたような、同車の魅力をカタログで振り返ってみよう。

山下達郎のTV CMが印象的だった! 歴代「インテグラ」をカタログで振り返る

ホンダ・インテグラが14年ぶりに復活を予定しているとアキュラブランドが発表した。初代はスペシャリティカーとして人気を果たし、3代目にはタイプRが設定され、クルマ好きから脚光を浴びた。ここでは同車の魅力をカタログとともに振り返ってみたいと思う。

「この手があったか」ライバルが歯噛みした意欲作! 初代ワゴンRが爆売れした理由とは

ワゴンRシリーズでは初スライドドア仕様のスズキ・ワゴンRスマイルがデビューした。現行モデルで6世代目となり、これまで以上に大きく進化を遂げた。そこで今回は、当時として驚くコンセプトとパッケージングを持ち合わせた初代ワゴンRをあらためて振り返っていこう。

「アルファロメオ」「サーブ」「フィアット」「ランチア」! メーカーの垣根を越えた夢の「4兄弟」プロジェクトとは

ヨーロッパ車に詳しい人なら覚えているかもしれないTipo4プロジェクト。1979年にスウェーデンのサーブとイタリアのランチアが合意。さらにフィアット、アルファロメオが加わり、この計4社で効率的に新型車の開発を行うことにしたのが、このティーポ4プロジェクトだった。

実は走りも相当イケイケだった! 元祖デートカー「プレリュード」の魅力

1982年にフルモデルチェンジを施した2代目ホンダ・プレリュード。2代目スーパー・シビックも採用した集中ターゲットメーターなどのユニークな装備、欧州でも評価されたハンドリングなどでFFスペシャルティカーのジャンルを創出した。今回は同車の魅力を振り返りたい。

本当に「このクルマから、クルマが変わった」世界をマジで震撼させた「初代セルシオ」

“日本車のヴィンテージイヤー”と呼ばれている1989年、平成元年には後世に残る日本の名車が数多く登場した。その中の一台、初代セルシオはトヨタが新たな高級車としてアメリカ市場へ投入したレクサスLSの日本名バージョン。V8エンジンの性能、車内静粛性はもちろんのこと、VIP対応を意識した様々な当時の最先端装備が盛り込まれていた。
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